Posted on: 2022年11月26日 Posted by: 鴉鷺 Comments: 0

2022年10月26日、名古屋が誇る歌謡シューゲイザー・バンド、溶けない名前が新作EP『幽かにそう纏う』をリリースした。2021年の再録アルバム『タイムマシンが壊れる前に』を除けば、オリジナル作品としては実に5年ぶり。バンドの帰還を待ち侘びていたリスナーも多いだろう。

本稿は、文字通り待望の新作をリリースした溶けない名前を今一度解き明かすべく実施した、メールインタビューの記録である。これまでのディスコグラフィーを辿りながら最新作を深掘りしつつ、楽曲の制作過程、音楽から短歌や詩に至る様々な影響源など、バンドの首謀者であるイトウ氏(Gt. Vo.)が詳細に語る。

質問作成=鴉鷺
編集=對馬拓


Q. 最初に、バンド結成までの経緯をお聞かせ願えないでしょうか。

A. どうぞよろしくお願いいたします。メンバーが初めて集まったのは2012年の春頃になります。当時は“バンドを組もう”と集まったわけではなく、“セッション会”と称して、友人同士でスタジオに集まり、誰かが弾いたフレーズに適当にアドリブで乗せるといったことをやっていました。

メンバーは最初、流動的でしたが、徐々にスケジュールのつきやすいメンバーで固定していきました。それが結成初期の4人(イトウ、うらん、ソガベ、ニワ)になります。その後、セッションだけでは煮詰まってしまうし曲を作ってみよう、ということでバンド化していきました。


Q. “溶けない名前”という印象的で、一度聞いたら忘れないバンド名の由来について伺いたいです。

A. バンド名候補を考えている時に「溶けない◯◯」が良いかも、と思いつきました。その後、「溶けない」に繋げて意外性のあるものはなんだろう?と考えた結果「溶けない名前」となりました。どちらの言葉も日常的に使用される単語ですが、隣り合わせることで、異物感、造語感が出たかなと思っています。

他のバンド名候補には「刺したい◯◯」「詩集」というものがあり、それぞれ初期の曲名に転用されています。


Q. 溶けない名前の音楽を聴いていると、所謂シューゲイザーのバンドから見て特異な音楽性であり唯一無二の存在だと思うことが多々あります。その作風を形作った音楽や、それ以前の音楽の原体験についてお聞かせ願えないでしょうか。また、シューゲイザーと出会ったタイミングや機会についても伺いたいです。

A. 作風を形作った音楽は80年代歌謡曲になります。特に80年代のアイドル歌謡は歌詞/メロディともにポップさの中にどこか郷愁性があり、現在の溶けない名前を構成する大きな要素になっていると思っています。その中でも元はっぴいえんどの松本隆氏は尊敬する作詞家で、文学性、憂い、少女性を体現していると思っています。

また、80年代の角川映画も非常に好きでした(『セーラー服と機関銃』『探偵物語』『時をかける少女』や、非角川ですが『四月怪談』など)。この時代の邦画は、女性が「~かしら」「~なのね」という非現実的な言葉遣いをしているので、無意識的に歌詞に影響を受けているかも。最近『バラエティ』という角川発行の雑誌を少しずつ買い集めてもうすぐ40冊ほどになるのですが、当時の文化で新たな発見も多く、この分野はまだまだ勉強中です。

音楽的原体験としては、幼稚園から小学校高学年までエレクトーンを習っていました。しかしびっくりするほど身についていません。自分でも不思議です。

シューゲイザーとの出会いはMy Bloody Valentineの『Loveless』が最初でした。ナンバーガールの田渕ひさ子さんに憧れジャズマスターを購入した後、ジャズマスターを使用しているバンドを調べていき、色々聴いていった中の一つです(同時期にSonic Youth、Dinosaur Jr.、Televisonなどを聴いた記憶あります)。『Loveless』はその中でもとりわけ衝撃を受け、大好きなアルバムになりました。しかし、当時マイブラは再始動前で情報も少なく、ジャンルの深掘りには至りませんでした。


Q. ディスコグラフィーの流れに沿って質問させていただきます。最初の2枚のEP『おやすみA感覚』『おしえてV感覚』についてお聞かせください。最初期に当たるこの2作には現在まで通底する音楽性、例えば思春期的な感情やノスタルジー、生々しさを感じさせつつ幻想的なギター、ポエティックなヴォーカル、歌謡曲的なメロディなどの要素、つまり“歌謡シューゲイザー”と呼び表される音楽を既に強く聴き取れます。そして、以前行われたGrumble Monster 2.0でのインタビューに、最初期に「刺したい」「ソーダ室へ行こうよ」を作曲されたと記されていました。この2枚のEPはどのようなルーツや過程を経て生まれたのでしょうか。また、創作時のエピソード、当時意識していた音楽やその他の芸術についても伺いたいです。

A. 過去のインタビューまで見て頂き大変ありがとうございます。インタビューの記載通り、「刺したい」「ソーダ室へ行こうよ」は最初期の“セッション会”の延長で出来た曲で、その際「メロディが歌謡曲的で、ギターがシューゲイザーっぽいね」とニワさん(Dr.)に言われ、“歌謡シューゲイザー”を自称するに至りました。

その後、シューゲイザーの知識(海外/国内のバンド、シーン)をつけながら曲作りを進めていきました。『おやすみA感覚』は、最初期で「シューゲイザーとは?」と手探りながら作っていった記憶があります。セッションの果てに高速4つ打ちの曲が完成したときは「流石にこれは違う気がする、、、」とボツにしました。『おしえてV感覚』は、もう少し拡大解釈して疾走感のある「ぼくらの倒錯ごっこ」などを作っていきました。知識をつけるほど固定観念が取れていった感覚があります。

ちなみに、バンドとしての曲の作り方は、結成当初から一貫して一緒の方法を取っています。

①イトウが弾き語りの原曲(タイトル、歌詞、曲)のみ作成(歌詞・タイトルが間に合わないときもあります)。
②スタジオにてセッションで各パートを完成させる。

バンド結成の経緯通りセッションで始まったハンドなので、編曲に対しては完成形のイメージは持っておらず、メンバーのアイデアに頼っています。セッション中にリズム隊から「◯◯っぽい曲にしたい」「◯◯を感じる」と言ってもらい、イメージを固めていくこともあります(例:「OMOIDE IN MY HEAD」みたいなオーラス感のイメージが欲しい)。

ただ、うらんさん(Key. Vo.)は「◯◯っぽい」のバンドをほぼ知らないため、自由に作っていると思います。曲のイメージを言ってくれることもありますが、我々は理解不能です(例:赤い薔薇の花束の男が見える)。しかし、キーボードのリード・フレーズから曲のイメージが固まっていくことも多いです。

また、“歌謡シューゲイザー”というコンセプトを掲げたことで、僕が何もコントロールせずにいても、曲として成立させることができているのかなと感じることはあります。各自好き勝手バラバラなことやってるつもりでも、何となく意識がそこに向かうというか。


Q. その2枚のEPのタイトルは、どちらも稲垣足穂『少年愛の美学』からの引用(A感覚、V感覚)が含まれていて、楽曲タイトルにも「ヰタ・マキニカリス」という書名からの直截的な引用が行われています。稲垣足穂へのご関心について伺いたいです。

A.「ヰタ・マキニカリス」というタイトルは“ヰタ(生命)”・“マキニカリス(機械)”という有機的少女性と無機的機械性の組み合わせに惹かれタイトルから名付けました。「ロボットと詩集」や「電気信号の妹」、過去にカバーした「少女人形」も同じ構造になっているので、そういうものに取り憑かれているのかもしれません。

稲垣足穂自身についても『一千一秒物語』など、童話っぽい雰囲気と天体や科学用語が散りばめられていて、ほの暗く青い郷愁性があって好きです。

余談ですが、つい最近はっぴいえんどの1stアルバム『はっぴいえんど(通称:ゆでめん)』のスペシャルサンクスにアルバムの影響元が書いてあることを知りました。その中に稲垣足穂の名があることを知って驚きました(その他:宮沢賢治、江戸川乱歩、唐十郎、楳図かずお、つげ義春、夢野久作、澁澤龍彦、林静一など ←文学系で自分が好きなもののみ。実際はもっと他ジャンルにわたり膨大)。さらに余談ですが、松田聖子の曲で「一千一秒物語」というのがあります(作詞:松本隆)。


Q. それ以降、2015年に1stアルバム『タイムマシンがこわれるまえに』がリリースされました。それ以前のEPからこのアルバムへ至る流れの中での創作上の変化や、創作の上で意識した事柄についてお聞かせ願えないでしょうか。余談ですが、個人的に「少女の官能基」が特に好きです。

このアルバムに収録された曲たちは、原曲、セッションでの編曲共に完成までのペースが非常に速かったです。一番アクティブにライブ活動していた時期にメインで演奏していた曲が多く収録されていて、メンバー全員一番思い入れのある作品かもしれません。

音源化(ミックス/マスタリング)に際して意識したことはかなりありました。ディスクユニオンを中心に委託販売した『おしえてV感覚』が予想外に好反応をもらえたこともあり、次の音源は全国発売したいと考えていました。ただ、「そもそもなぜ『V感覚』は好反応を頂けたのか?」ということを踏まえ、次の方向性を考えました。

自分の出した仮説としては、「歌謡曲の部分を推せばもっと多くの人に受け入れてもらえるんじゃないか?」でした。シューゲイザーとしては知識や技術が足りない自覚があったため、「きっと“歌謡”の部分を面白がってもらっているのだろう。それならもっと歌謡比率を上げてみたらどうか?」という思考です(前作よりヴォーカルとキーボードを上げる、ギターとベースは控えめ)。そうして作り上げた『タイムマシンがこわれるまえに』でしたが、確かに歌謡感もあり、聴きやすくなっているものの、『V感覚』の時にあった衝動性や言語化不能な魅力が少し失われているように個人的には感じてしまいました。

今回のインタビューの際に改めて考えた個人的解釈なのですが、シューゲイザーは甘いメロディの引力と、ギター、その他演奏のノイズによる反発力(斥力)の力学的相互作用によって引き起こされるもので、ぴったり中間地点のバランスが取れたときに止揚するというか、物凄い魅力が生まれるんじゃないかと思います。

『タイムマシンがこわれるまえに』だけ外部のエンジニアさんにお願いしたのですが、自分の方向性の伝え方が悪く、制作時間も短かったため、迷惑をかけてしまいました。ただ、その他の作品でミックスを担当しているソガベくん(Ba.)は、「客観的に溶けない名前の楽曲を良くしようとするとこうなるのか」という視点をこのアルバムで体験できたとのことです。この経験はそれ以降の音源すべてにおいて、ミックスの基盤のひとつとして組み込まれています。


Q. そして、2017年に国内シューゲイザーのマスターピースと言って差し支えない2ndアルバム『制服甘露倶楽部』がリリースされました。個人的にとても好きな作品で愛聴しています。キャッチーな楽曲やサウンド面での飛躍を強く聴き取れる美しい作品ですが、それ以前の創作と比べて飛躍があったのでしょうか。プロダクション面の進化も感じます。

A. 大変ありがとうございます。『制服甘露倶楽部』は、『A感覚』『V感覚』で勉強したシューゲイザーの要素、『タイムマシン〜』で強調しようとした歌謡曲の要素に加えて、最初にバンドを始めた時に最も憧れたナンバーガール、ART-SCHOOLといったギター・ロックの要素も、より出てきているような気がします。自然体で作ったので出自が出たというか。それが結果的にバラエティ豊かな作風になっているのかも。

この頃は歌詞が全然作れなくなっていて、鼻歌と弾き語りのみでセッションし、原曲を作っていました。キーボードは「歌詞がない分、難易度が高くなりましたが、自由度も増しました。自分なりのストーリーを作りながらフレーズを作成しました」とのことです。

プロダクションにおいては、前作で培った外部視点の要素を取り入れつつ、『おしえてV感覚』を再構築、グレードアップさせようという意識で望んだ作品です。また、1曲目から8曲目までの曲順についてもこだわった記憶があります。前半4曲を表面、後半4曲を裏面みたいな意識で、2回盛り上がりの波が来るような設計にしました。


Q. 2021年にリリースされた、『タイムマシンがこわれるまえに』の再録作品である『タイムマシンが壊れる前に』は元々優れて美しい楽曲が、現在のより強靭なサウンドにアップデートされた名作だと捉えています。2015年の作品を再び録音した事の背景についてお聞かせ願えないでしょうか。

A. 2021年の春、バンドLINEにソガベくんが、「電気信号の妹」のミックスを自分なりにやってみた、と音源を送ってくれたのがきっかけです。当時『制服甘露倶楽部』の発売により、溶けない名前で作った曲は全て世に出すことができ、クオリティにも満足していました。よってバンドをやるつもりはなかったのですが、送ってくれたミックスが現在の配信とほぼ変わらないレベルのもので。時を経て生まれ変わった感があり、これは世に出したいと思いました。

プロダクション面では『制服甘露倶楽部』をベンチマークにしながらアップデートしています。曲順も変更することで、『制服甘露倶楽部』のように表面/裏面のような流れができるようにしました。


Q. 直近の作品として、先日リリースされた『幽かにそう纏う』をリリース以降、何回も繰り返し聴いています。『制服甘露倶楽部』や『タイムマシンがこわれるまえに』での美しいサウンドや楽曲の延長線上にありつつ、更に大きく進化している印象を受けました。今作の楽曲制作やサウンドメイクはどのような方法や過程を持って行われたのでしょうか。また、その際に意識した物事や作品などについてお聞かせ願えないでしょうか。

A. どうもありがとうございます。嬉しいです。楽曲制作は今までの音源と全く同じ流れで進めました(原曲→セッション編曲)。今作は2022年の年明けから原曲を作り始め、2月に初めてスタジオに入りました。メンバーがスタジオに集まるのは5年半ぶりだったのですが、違和感も無く、むしろ新鮮な気持ちで制作に臨めました。2〜5月がスタジオ編曲、5〜10月が録音/ミックス/マスタリングです。

トータルコンセプトとしては、『おやすみA感覚』に近いような気がします。『制服甘露倶楽部』からループして新しく1からバンドを始めているような。

意識した作品としては、植芝理一の『夢使い』があります。瞳の中に精霊を飼っている夢使いの少女が主人公の漫画です。夢/瞳/目などを歌詞に意識的に出しました。余談ですが、「もぎたてのディスコミュニケーション」という曲名は、同氏の『ディスコミュニケーション』という作品からです。最も好きな漫画家で、影響を受けています。

サウンドメイクに関しては今までの作品を基盤に置きつつも、過去作をベンチマークにはせず、新しいアプローチを試しています。

[新譜についての簡単な解説]

1. まほろばのリアクタンス
1曲目として疾走感のある幕開けにしたかったため制作。“俺押さえ”的なコードを使用したため、ルートが自分でも分からず初回のスタジオではベースとのルート合わせに若干苦労しました。

2. 瞳憬日より
童謡/歌謡っぽいメロディ。80年代感を出したいということで、ドラムにゲート・リヴァーブをかけてもらいました。これは初めてのアプローチです。

3. 剥がれてく
最初に合わせたセッションではART-SCHOOLの「BLACK SUNSHINE」のような今より重たいイメージをリズム隊は持っていたようです。歌詞が付いて今のような浮遊感がある感じに変化。

4. 幽かにそう纏う
EPの中で一番最初に完成した曲。(自分たちでは)溶けない名前らしさが一番出ている曲だと思っています。間奏・アウトロのキーボードに学校のチャイムのフレーズが入り込むので、なんとなく終業ベル⇄始業ベルのループを感じます。


Q. 『幽かにそう纏う』という印象的なタイトルには言葉としての美しさ、溶けない名前の音楽に通底する(と僕には感じられる)思春期的で刹那的な感情や感傷、儚さを感じ取れ、“そう纏う”と“走馬灯”という言葉遊びを読み取れます。このタイトルに込められた意味や背景について伺いたいです。

A. どうもありがとうございます。次の質問の項で詳細に記述しますが、この「幽かにそう纏う」という言葉は、歌詞用に書き溜めている夢日記のストックから拾ってきたものです。トータルコンセプトである“おやすみA感覚に回帰する、輪廻する”、“夢使い”というのを思いついた時に、ピタリと当てはまるフレーズだと思って採用しました。言葉遊びも含んでいて、歌詞中でも“幽かにそう纏うと幽かな走馬灯”というワードがあります。明確な意味性などの言語化は難しいのですが、思春期感、感傷、儚さを感じ取ってもらえるのはとても嬉しいです。


Q. 溶けない名前の歌詞は主に少女の視点から、その繊細な心情や機敏を描いている印象を受けます。歌詞を書くにあたって意識している事や影響を受けたアーティストについてお聞かせ願えないでしょうか。

A. 歌詞は夢日記を書き溜めていて、その中から組み合わせています(夢日記は溶けない名前を始める2年前ほど前から断続的につけています)。一般的な夢日記とは少し違い、眠りかけの時に脳内に聞こえてくる声みたいなものです。普段の自分では絶対に思いつかない非論理的な言葉の組み合わせが多いのでメモしています(ストックはTwitterに換算すると4000ツイート分ほどあるのですが、歌詞として使えないだろうなというものも非常に多いです)。その中で、自分が狙いたい少女性/思春性が浮かび上がってくるような言葉のチョイス、組み合わせを行い、一部言葉の修正/付け足しを行って歌詞として成立させています。

“論理的飛躍”や、“言葉が言葉として存在していること”を意識しているため、“意味性”が希薄になり、“ただの変な言葉の羅列”と“歌詞”の差が、特に今作は自分でもよく分からなくなりました。迷走時、マルコフ連鎖によって“論理的飛躍感“を創出させようとしましたが、やはり「これは違うな」となりました。

トータルコンセプトを規定してからは、歌詞の作成がスムーズに進んでいきました。小説、漫画、映画は映像的なので、タイトルやテーマをオマージュ的に用いることで散逸した夢日記が収斂し歌詞になることも多いかもしれません。その他、影響として今まで自分が触れてきた全てのアーティストが包括されていると思います。メンバーからは「歌詞があった方が曲を作りやすい」「原曲に歌詞を付けてきてほしい」と言われるので、楽器隊のフレーズ喚起装置的な意味合いも持っているのかもしれません。


Q. Twitterに上篠翔『エモーショナルきりん大全』や木下侑介『君が走っていったんだろう』の書影を掲載されておられたり、歌詞に感じられる叙情的な要素、以前行われたインタビューでの記述などから、短歌を愛好されていることを知りました。特に愛好している歌人や作品について教えて頂けると嬉しいです(また、同じく愛好している詩人や小説家についても伺いたいです)。そして、短歌(や詩)などの文学作品は溶けない名前の音楽にどのように影響を与えているのでしょうか?

A. 短歌は本当に好きです。一行の言葉だけで世界を構築することができるというのはまずリスペクトがあります。次に論理を超越した“なんか分からないけど、とにかく良い”という感覚を味わえるところも素晴らしいです。

たまに短歌は音楽と似ているかもな、と思うことがあります。例えば歌集はアルバム、連作はその中の1曲、歌集の装丁はCDのジャケットというような(装丁デザインもおしゃれで凝っているため、紙の本で集めたくなります)。また、ミュージシャンが歌集の帯文を書いたりもしています(『エモーショナルきりん大全』の帯文はART-SCHOOLの木下理樹氏)。

ここからは自分が好きなゆえの強引な結びつけですが、短歌とシューゲイザーもちょっと似ているかもなと思ったりします。短歌は57577という定形が存在し、その中(あるいは破調?)であらゆる可能性を見出そうとしていますが、シューゲイザーもある種の様式美が存在し、その引力圏内外で表現をしようとしているようなイメージです。

[好きな歌人・詩人について]

寺山修司:最も好きな作家、短歌を知ったきっかけです。『田園に死す』『月蝕書簡』でのメタフィクション性が好きです。詩集での少女的思春性も。

穂村弘:『手紙魔まみ、夏の引っ越し(ウサギ連れ)』の過剰なガーリーさと歌集の終わりと始まりが繋がっているようなループ感が好きです。また、『短歌の友人』という短歌論は“なんか分からないけど良い”の部分をなぜ良いと感じるのか論理的に解説されていて、勉強になると同時に、謎解きをしてもらっているような気持ちになれます。

宮沢賢治:『春と修羅』。特に序文がとても好きです。化学・地層学的な語彙と詩的な言葉の組み合わせに惹かれます。きのこ帝国、春ねむりなどのアーティストも曲名で引用しているため、音楽をやっている人は惹き付けられる何かがあるのかも。

川上未映子:第一詩集、第二詩集ともに好きです。数年前、『MUM&GYPSY 10th Anniversary Tour vol.2「みえるわ」』という同氏の詩集を使用した演劇を見たのですが、言葉の力と演者の力により圧倒されました。

[音楽にどのような影響を与えているか]

顕在的影響で言うと、語彙や少女性、ループ感の表現。技術的影響で言うと、二物衝撃性、句またがり、上句と下句のバランス感、文字を漢字にするか、ひらがなとして“ひらく”かの感覚。潜在的・スタンス的影響で言うと、前衛短歌の虚構性、メタフィクショナルな<私>の創出(溶けない名前では、女性一人称、男性一人称が入り交じるため、作中主体と作者を別とするという考えはしっくりきました)となります。


Q. 現行のバンドやアーティストへの関心について伺いたいです。現在進行系で活動している、もしくは最近まで活動していた、という括りだと、どのようなバンドやアーティストを愛好、もしくは意識されていますか? 個人的には、相対性理論のようなテイストを溶けない名前の音楽から感じました。

A. 相対性理論はとても好きです。特に『TOWN AGE』を愛聴しています。楽曲、声の魅力は当然として、ギターの付点八部ディレイとコーラス、アルバム全体の淡い雰囲気に惹かれます。

ポエティックなヴォーカルだと、macaroomというユニットを最近聴いています。曲も良いですし、特に歌詞が好きです。ソングライターの方がYouTubeもやっていて、「カタログ法」という独特な作詞法を紹介していました。とても面白かったです。

日本のシューゲイザー・バンドも愛聴しています。特にライブ活動をやっていた時代に共演させてもらったことのあるバンドはとても思い入れがあります。海外シューゲだと、最近サブスクで知ったjulieというバンドが気になっています。「flutter」という曲がマイブラの「You Made Me Realise」感があり、1曲で心を掴まれました。


Q. 最後に、2021年の『タイムマシンが壊れる前に』、今年の『幽かにそう纏う』という旺盛なリリースの流れから、僕も含めたファンの間でライブ活動の再開への期待が高まっています。溶けない名前の今後の活動について伺いたいです。

A. 大変ありがとうございます。我々、今すぐにはライブ活動ができる環境にはないのですが、いつかできる日が来たら良いなと思っています。

また、溶けない名前は名古屋のバンドなのですが、DREAMWAVESという名古屋のシューゲイズ・シーンを盛り上げるイベントが2020年から定期的に続いていて本当に嬉しいと思っています(観客としても今年3回訪れています)。

最後に、5年も新譜を出していなかったにも関わらず、「待っていた」「嬉しい」などの言葉を下さった皆様本当に心から感謝しています。初めて存在を知った方も、「こんなシューゲイザー・バンドがいたんだ」と思って一度音源を聴いていただければとても嬉しいです。この度はどうもありがとうございました。


■ Release

溶けない名前 – 幽かにそう纏う

□ レーベル:soda room records
□ リリース:2022/10/26

□ トラックリスト:
1. まほろばのリアクタンス
2. 憧憬日より
3. 剥がれてく
4. 幽かにそう纏う

*配信リンク:
https://ultravybe.lnk.to/Kasukani-Soumatou

Author

鴉鷺
鴉鷺Aro
大阪を拠点に活動する音楽ライター/歌人/レーベル主宰者。Sleep like a pillowでの執筆や海外アーティストへのインタビューの他、遠泳音楽(=Angelic Post-Shoegaze)レーベル「Siren for Charlotte」を共同オーナーとして運営し、主宰を務める短歌同人「天蓋短歌会」、詩歌同人「偽ドキドキ文芸部」にて活動している。好きなアニメはserial experiments lain、映画監督はタル・ベーラ。