一年間の総まとめとして、その年にリリースされたシューゲイザー及びドリームポップなど周辺ジャンルの作品を一挙に紹介する年末恒例企画「Best Shoegaze Albums」。3年目となる今回も、2020年に引き続きシングル部門は「Best Shoegaze Singles 2021」、アルバム部門は「Best Shoegaze Albums 2021」と題してお届けする。全作品にコメント付き。
シングル部門では、2021年にリリースされたシングル作品のうち、アルバムをリリースしていないアーティスト、もしくは年内のアルバムには収録されていないシングルをリリースしたアーティストを対象に、厳選して25作品を掲載した。
文=對馬拓/鴉鷺/鈴木レイヤ
編集=對馬拓
■ Octonomy – The Tetramorph
NYを拠点に活動するダークウェイヴ・プロジェクトの1stシングル。この作品以外にも多くのEPやアルバムをリリースしている。The KVB直系、もしくはその潮流を汲むダークウェイヴとドリームポップの折衷を表現する優れたバンドによるシングルは、やはり例外なく爆弾と言える強烈な出来である。GrimesやZola Jesusなどのダークウェイヴ界のディーヴァに引けを取らないヴォーカルがヘヴィーかつダークなトラックの上で遥々と展開する美しい音楽は、ダークウェイヴの典型的な展開から逸脱し、もちろんドリームポップの常道にも属していない。奇想と頽廃、そして幻想が生み出したアヴァン・ポップの暗闇は聴者を魅了するだろう。(鴉鷺)
■ Total Drag – Hunny
カリフォルニアを拠点に活動するシューゲイザー・バンドの1stシングル。彼らは2018年にアルバムを一枚リリースしている。Slowdive直系の翳りのある旋律へのセンスが現代的、つまりニューゲイザー以降の煌めくサウンドに乗った美しいシューゲイザー。事実彼らは90’sシューゲイザーの影響を公言している。彼らの強みの一つとして、Cigarettes After Sexとの隣接を指摘できる甘い男性ヴォーカルが挙げられるだろう。聴者は始まりから終端まで甘さと翳り、幻想と心地良い頽廃に浸ることになるだろうし、またそれは数多くのシューゲイザーを聴取する中でも稀有な体験と言える。もしこの作品がアルバムへの導入なら、その完成に期待して止まない。(鴉鷺)
■ the empty sleeps – PANTHERS
オーストラリアを拠点に活動するドリームポップ・バンドのシングル。ノスタルジックな趣のあるスローなドリームポップと、その楽曲のリミックスを6曲収録。原曲も秀逸で、リミックス、特にBlush Responseによる幻想郷を描出するような作品が素晴らしかった。牧歌的な楽曲を演奏しても何処か翳りを感じるのは最近の作家の傾向なのだろうか。彼らも例外ではなく、幻想と陶酔の最中に昏い情景を垣間見るダークな趣を抱え持っている。リミックスは対照的に、6者共に違う音楽的な光景を描出している。共通項として挙げられるのは多幸感で、それが彼らの音楽の本質に存在することの証明だろう。(鴉鷺)
■ Skim Pine – Smoking for the Aesthetic
アメリカ・オクラホマ州を拠点に活動するシューゲイザー/インディー・ロックのソロ・プロジェクト。宅録などの手段で独りで制作された作品の好例、というかその形態の音楽でしか聴けない個の強烈な叙情に満ちた物悲しく美しい楽曲が2曲収録されている。フレージングには多様なインディー・ロックの要素が聴き取れるが、ヴォーカルが抱える甘い孤独はこの作家固有のものだろう。決して轟音ではなく、また音楽のモードに積極的に沿う訳でもないが、確実に聴者に作家の孤独が刻み込まれる。オブスキュアな名シングルであり、今後の活動にも期待できるSkim Pineの作品が広く聴かれればと思う。(鴉鷺)
■ Relay Tapes – Daylighter
オーストラリア・ブリスベン州を拠点に活動するシューゲイザー・バンドの1stシングル。バンドは今作以前に2枚の優れたEPをリリースしている。パステルカラーの幻想とリリカルな女性ヴォーカル、ドラマティックな楽曲展開と言えば、作品が王道を行くシューゲイザーとして高い水準にある事が伝わるだろうか。インディー・ロックの成果やニューゲイザー以降洗練を極めるシューゲイザーの歴史の中で生まれたイノセントな名シングルだ。(鴉鷺)
■ Mascara Ashes – shade
アメリカ・オレゴン州ポートランドを拠点に活動するシューゲイザー・バンドの4thシングル。ドラマチックな要素、強烈な幻想性、ヴォーカルが表現する対岸を幻視するような音響など個人的に100点のシングル。一曲目「Around」ではエセリアルという形容がそのまま当て嵌まる幻想の叙景が、二曲目「shade」では同郷のGrouperを彷彿とさせる静かなアコースティック・ギターの上にこのバンドを象徴する美しくシューゲイズするヴォーカルが展開するスローな叙情が表現されており、シングルとは思えない聴取後の感覚が得られる。この次のEPではアンビエントに接近し、新しい展開を見せている。(鴉鷺)
■ The Stargazer Lilies – Purple Sunshine
Soundpoolのメンバーで結成されたアメリカ・ペンシルベニアのシューゲイザー・バンドの最新シングル。昨年はRadiohead「Creep」のシューゲイズ・カバーという変わり種で話題をさらったが、今作は儚げなウィスパー・ヴォイスと万華鏡のようなシューゲイズ・ギターで攻める直球のナンバーとなった。新勢力のアーティストたちに一切引けを取らないバンドの矜持を感じる。(對馬)
■ Doctors, Poster Child – Breathe
アメリカ・ルイジアナ州を拠点に活動するDoctorsとPoster Childによるスプリット・シングル。まずPoster Child「Chemically Imbalanced」はバーストするヘヴィー・シューゲイザーとして完璧な出来で、2012年頃のNothingがよりラウドになったような質感で今後の作品を期待させる。続くDoctors「I Like Attention」もポストパンクの影響を香らせる美しいヘヴィー・シューゲイザーだ。楽曲全体がドラマに満ちていて、美しく展開していく様に心を奪われる。総体として、この両者のスプリットシングルは現在のヘヴィー・シューゲイザーの水準をある意味で示す作品だろうし、未来は明るいという希望を生む一枚。(鴉鷺)
■ Winona Dryver – Super Flower Scene
インドネシアはジャワ美術の都ジョグジャカルタを拠点とするシューゲイザー。当地のフィジカルなアート・シーンで、ライブ・シーンを盛り上げるWinona Dryverの魅力が詰まっている。未だフル尺でのアルバムのリリースはないが、伝統に則ったサウンドにジャワ語のウィスパー・ヴォイスが力強いドラムと共に奏でられる一曲からは、現地シーンの熱狂が伝わってくる。(鈴木)
■ Shuteye – Big Drift / Palace of Nowhere
アメリカ・オハイオ州を拠点に活動するヘヴィー・シューゲイザー・バンドによる1stシングル。一聴して耳を奪われるのはエモ由来の澄んだ叙情とグランジ以降のダーティに歪んだギター・サウンドだ。単純に音楽として美しい、という形容では収まらないのはエモの持つある種の「今ここに居る場所」への郷愁と否定の混じった複雑な感情や、作家個人が抱え込んでいるパーソナルな心情の吐露による所が大きいだろう。今年のシングルでも心に残った一枚。(鴉鷺)
■ kolks – OVER
神奈川の4人組ドリームポップ・バンドの初音源。海外インディーの影響やUK.PROJECTのバンド群をどこか彷彿とさせる音像と歪みすぎないギターで聴かせる日本語ドリームポップ/シューゲイズ。個人的にはノウルシや初期のPELICAN FANCLUBなどを想起させる印象だ。2022年にはRAFT RECORDSから1stミニアルバムをリリース予定。(對馬)
■ Whimsical – Gravity
アメリカ・インディアナ州を拠点に活動するシューゲイザー・バンドのシングル作品。正統派の耽美系シューゲイザー、という単純な形容では不十分だ。作品を重ねるごとに水準が上がっていくWhimsicalの音楽性に感嘆しているのは筆者だけではなくシューゲイザー・マニアの共通見解だろうし、今作の力強さや華やかさは凡百のバンドを軽く蹴散らす内容で、対岸を臨み美しく叙情するというシューゲイザーの宿命を体現する一枚となっている。(鴉鷺)
■ RAY – Yellow
シューゲイザーをはじめ、IDM、エモ、激情ハードコアなどのジャンルとアイドル・ソングの融合をコンセプトに活動するRAYの2ndシングル。今作も楽曲提供陣の志向とRAYのアーティスト/パフォーマーとしてのカラーが絡み合う名曲ばかりで、「コハルヒ」はmonocismのTomoya Matsuura、「レジグナチオン」は死んだ僕の彼女のishikawaがそれぞれ提供。しかし中でも明日の叙景のKei Torikiが手掛けたスペーシーなエレクトロ・シューゲイズ「17」がとにかく素晴らしく、RAYが新たな表現を手にした記念碑的ナンバーと言って差し支えないだろう。(對馬)
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■ Outlander – Sundowning / Unconditional
UK・バーミンガムを拠点に活動するヘヴィー・シューゲイザー・バンドの3rdシングル。直球の清々しい轟音は明らかにNothing以降のよりヘヴィーな方向性を模索した結果であり、作品として美しく結晶している事がまず凄まじい。Nothingが抱えるポップ・センスはモノトーンの沈鬱な旋律に置き換わり、バンドの独創性として結実している。旧作も素晴らしいが明らかに飛躍が見られ、今後の作品が楽しみだ。(鴉鷺)
■ Stereoskop – The Mist
スペインを拠点に活動するポスト・パンク/シューゲイザー・バンドの1stシングル。この系統のバンドとしてまず言えるのは、ヴォーカルの旋律を中心としたメロディの感覚が強い事とシンセの巧みな用法だろうか。シンセ・ポップとシューゲイザーの折衷点のような音楽で、ギターとヴォーカルがシューゲイザーの要素を強く主張する。完成度が高く、ポスト・パンク以降のシューゲイザーを聴きたい方にお薦めしても良いかもしれない。優れたシングル。(鴉鷺)
■ SPOOL – さめない
2020年の2ndアルバム『cyan / amber』以来のリリースとなるシングル。彼女たちがルーツに持つJ-POP的要素を前面に出しつつ、どことなく『OK Computer』期のRadioheadや中期Mr.Childrenあたりのメロディやコード感を醸し出すナンバーで、2nd以来シューゲイズに囚われない音楽を追求してきたSPOOLの進化、もしくは真価がここにあると言えるだろう。最新シングル「She’s like a bluemoon」もシンプルなアンサンブルを突き詰めた優しい仕上がりに。(對馬)
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■ Flower Language – Dream In a Different Place
アメリカ・コロラド州を拠点に活動するヘヴィー・シューゲイザー・バンドの1stシングル。この一年のヘヴィー・シューゲイザー周辺のシングルで一番好きだ、と前置きしたい。凛々しいヴォーカルやヘヴィーでありつつ透明なギター、ビートによって音楽を駆動させるドラム、地を這うベース──と、シューゲイザーとして完璧な要素が揃っている。その上楽曲も美しい。これ以上言うことがあるだろうか。シングルベストがあるなら、この作品を頂点に据えたい。(鴉鷺)
■ stargaze shelter – オプティカル
バーチャル・クリエイターである星宮とと、その生みの親のTOTONEE( ΦωΦ )、そして音楽家として活動するgaze//he’s meによるユニットの最新シングル。「2.5次元ドリームポップ」という呼称が示すようにリアル/バーチャルの境界を曖昧にしようとする様が音にも現れており、ゼロ年代以降のエレクトロ・シューゲイザー勢とは一線を画すサウンドに仕上がっている。2022年2月にはFor Tracy Hyde、Micro Micro Bandicamとの共演も決まり、貴重なバンド・セットでの演奏に期待が高まっている。(對馬)
■ Punchlove – Solstise // Ghost
NYを拠点に活動するシューゲイザー・バンドの2ndシングル。特色として挙げられるのは、ヴォーカルのディーヴァを抱えるインディー・ロックのバンドのようなメロディのセンスや洒脱なシンセ使いだろう。スローな夢が朝を待つまでの間にドラマティックに広がってゆくような、安逸と微かな頽廃、それに伴う美しい体験としてのシューゲイザー/ドリームポップ。アルバムやEPが本当に楽しみで、話題を集める事ことは間違いないだろう。(鴉鷺)
■ Sleep Overload – Horror Film
ロシア・サハリン州を拠点に活動するシューゲイザー・バンドの5thシングル。バンドはHorrorgazeを掲げている。ホラーと銘打つ通りゴシックな要素や私的な箱庭に沈み込むような音楽で、単純なシューゲイザーとしての完成度はもちろん、特色のある音楽として成立させている。それにしてもロシアのシューゲイザー、もしくはブラックゲイズは何故こうも一筋縄で行かない独創的なバンドが散見されるのだろうか。My Bloody Valentine以降の優れた達成と言える。(鴉鷺)
■ Blush Response – Molasses / Vertigo
オーストラリア・アデレードを拠点に活動するシューゲイザー・バンドの最新シングル。これまでSwervedriverやcruyff in the bedroom、Nothingなどとも呼応するダイナミックなシューゲイズ・サウンドを展開してきた彼らだが、今作もマッシヴなアンサンブルを幾分ダウナーなカラーで聴かせる2曲に仕上がっている。オリジナルのフルレングスは2018年以来リリースしておらず、否応なしに期待が高まる。(對馬)
■ ノウルシ – 無形動物
東京を拠点に活動する4人組シューゲイザー/ドリームポップ・バンドの最新シングル。今年リリースのミニアルバム『結晶標本』とは全く異なるアプローチを見せており、ダンサブルなビートに浮遊感のあるウワモノと低体温なヴォーカルが乗せられたナンバー。最初の緊急事態宣言下で書かれたという本作は、まさにパンデミックで生まれてしまった距離と、人間としての形を失いかねない我々へのレクイエムのように響く。(對馬)
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■ synker – stum as noia
日本と台湾出身のメンバーで結成された5人組の多国籍シューゲイザー・バンド、synker(シンカー)の最新シングル。叙情的なメロディと芯のあるヴォーカル、そして歪んだギターが絡み合うナンバーで、90年代のオルタナティヴ・ロックやシューゲイザーと歌謡曲の融合という彼らのコンセプトを体現する仕上がりとなっている。2021年はTotal Feedbackにも出演、ここから更なる躍進に期待したい。(對馬)
■ 銀杏BOYZ – GOD SAVE THE わーるど
2020年リリースのアルバム『ねえみんな大好きだよ』に収録された「GOD SAVE THE わーるど」を、カップリングを加えて12インチでシングルカット。表題曲はUCARY & THE VALENTINEがプログラミングを手掛けたエレクトロ・シューゲイザーだったが、今回特筆すべきは広末涼子の「MajiでKoiする5秒前」のカバーだろう。何せイントロから思いっきりシューゲイズ・ギターが押し寄せてくるのだから、もう手放しで賞賛してしまう。原曲の作詞/作曲は共に竹内まりやだが、最初から峯田が書いた曲だという錯覚すら覚える名カバー。(對馬)
■ MINAKEKKE – i/o
ユイミナコによるソロユニット、MINAKEKKE(ミーナケッケ)。シューゲイザー、アシッドフォーク、トリップホップなど様々なジャンルを昇華してきた彼女が最新シングルで打ち出したのは、ダブステップを取り入れたダンサブルかつダウナーなサウンドだった。一見シューゲイズしていないようにも思えるが、全体としてのアティチュードはどこかシューゲイズ的であり、終盤のシンセ・サウンドもその文脈で捉えることができそうだ。(對馬)