Posted on: 2022年5月10日 Posted by: 對馬拓 Comments: 0

2005年にバンコクで結成され、タイ〜アジア圏を代表する5人組ポスト・ロック/シューゲイザー・バンド、Desktop Errorが2014年の2nd以来の新作アルバム『˙ n d e l ˙ b l e s t a ˙ n(indelible stain)』をひっそりとリリースした。過去には来日公演も行っており、日本のシューゲイズ・ファンの間では広く認知されている印象の彼らだが、ここ数年で意外な方面からも支持を集めているのはご存じだろうか。

近年、日本では「タイ沼」と呼ばれるファンダムが熱を帯びている。タイ沼とは、主にタイのBL(ボーイズ・ラブ)ドラマを中心としたムーヴメントを指す言葉として知られており、特にコロナ禍以降のステイホームの後押しもあってか、動画配信サービスを中心に人気を博しているらしいのだ。

そのタイ沼の筆頭格とも言える作品が『2gether』だ。原作は小説で、ドラマ化/映画化もされている本作は、日本のみならず世界中でブームを巻き起こしているという。しかしここで特筆すべきは、主人公の一人で大学の軽音楽部に所属しているSarawat(サラワット)が、かなりインディー寄りの音楽を好んで聴いている設定、という点だ。彼の部屋にはNirvanaのカート・コバーンやThe Beatlesのポスターなどが貼られているが、Sarawatは自身が好きなバンドとして、なんとDesktop ErrorやMoving and Cutなどを挙げているのだ。これらの描写はドラマ版の第3話で確認できるほか、原作小説ではInspirativeも登場し、Desktop Errorの楽曲を演奏するシーンまで存在するらしい(下記画像:上がTine/タイン、下がSarawat/サラワット)。

そもそも『2gether』の原作者であるJittiRain(ジッティレイン)氏が音楽好きであり、作品自体も本国で人気を博すベテランバンド、Scrubb(スクラブ)に着想を得ているのだが、とにかく「Sarawat効果」によりDesktop Errorはタイ沼界隈で広く名の知れた存在となった、というのである。

それにしても、シューゲイズ・シーンでは中堅以上の存在となっているDesktop Errorが、これまでシューゲイザーとはほとんど(もしくは全く)縁のなかったであろう層にもこうしてリーチしている、という点がなんとも興味深い。今やDesktop Errorは、ある意味で「分断」された「シューゲイズ・ファン」と「タイ沼」という二つのリスナー群を抱えている(そしておそらく後者の方が母数は多いはずだ)。しかし、まず交わることのなかった両界隈がこうして一つのバンドを(しかも異国のシューゲイザーというニッチな音楽を)聴いているという現実には、何か大きなうねり、あるいは可能性のようなものを感じている。

Desktop Errorの新作『˙ n d e l ˙ b l e s t a ˙ n(indelible stain)』は、2014年リリースの2ndアルバム『Keep Looking at the Window』以来のアルバムであり、どのリスナーにとっても間違いなく「待望」だ。しかし現時点ではデジタル/ストリーミング配信は一切されておらず、本作を聴くためにはフィジカル(CDもしくはアナログ)を手に入れるしかない。筆者は下北沢で5月7日〜8日に開催された「タイポップカルチャーマーケット vol.0」でどうにかCDを入手した(アナログは売り切れ)。繊細さと豪快さを兼ね備えたどこか翳りのある美しいサウンドは、キャリアに裏打ちされたものであり、「いぶし銀」と形容するのが相応しいかもしれない。

タイにはDesktop ErrorやInspirative、Moving and Cutのほか、Kunst、Death of Heather、The Biirthday Party、Televison Off、Yonlapaといった、インディー・ロック/シューゲイザー/ドリームポップ周辺の良質なバンドが多数存在する。また、近年ではシューゲイザー・バンドを集めたコンピレーション『normalexotic』のリリースや、Fingers Crossといったシューゲイズ・サウンドをバックに政治的メッセージを発信するアイドルも登場している。『2gether』はもちろん、タイ沼をきっかけとして、こうしたシューゲイザーを鳴らすアーティストたちがよりマスへ浸透していくとしたら、いちシューゲイズ・ファンとしても嬉しい限りである。