Posted on: 2024年10月22日 Posted by: 對馬拓 Comments: 0

■ 毎日怒ってた

──アルバムの話に移りましょう。そもそもアルバムの構想は、いつ頃からあったんですか?

神谷 きっかけの話はいつ出たんだっけ?

 「Orange」を“Last demo”って銘打ったくらいの時期だよね。セルフでやってきたミックスがいい感じになってきたから、「もうデモじゃなくて、アルバムもいけるでしょ」ってなって。

神谷 そうだ。「蜃気楼」が「Orange」とほぼ同時期にできたんですよ。なので「今までのシングルに数曲足せばフルアルバムのサイズになるよね」ってなって。その時期にクラファンをやることになったので、その返礼品の目玉として入れたいと思いました。あと、CD-Rで出してたデモが終わって、最初にプレスして出したのがフルアルバムってかっこよくないですか? バンドやり始めて2年そこらのやつらがセルフ・リリース/セルフ・ミックスで、しかもEPとかシングルじゃなくて、フルアルバム12曲。チャレンジでした。

──シングルが出るにつれて、徐々にアルバムへの機運も高まってると感じてました。でもいきなりフルは挑戦ですよね。制作も大変そうだなと……。

 死んでたね。

神谷 めぐみんの家から私の家まで車で1時間くらいかかるんですけど、制作は私の家でやってたので毎日通ってもらう彼も大変だったし、私は朝6時に起きて仕事に行かなきゃいけないんですけど、毎日夜中の2〜3時までやってたんですよ。自律神経バグってきちゃって、めちゃくちゃ体調悪くなりましたね。泣きそうでした。

 やばかった。

神谷 毎日怒ってたしね。ほんと申し訳なかったんだけど、いろんな焦りもあって。締め切りを決めてたので、納期を意識しすぎてずっとピリピリしてました。

 毎晩めっちゃ怒られた後、深夜3時に帰って寝る、みたいな。笑

神谷 相当へこんでたと思う。

 あはは。笑 まあ今となっては、

神谷 必要だった過程……なのかな。乗り越えてきた甲斐はあったよね。

大橋 あの頃のスタジオめっちゃピリついてた。笑

神谷 ははは……ただでさえ時間ないのに、制作に追われて練習できないっていう状況が続いてたので。

──ライブにも影響が出ますよね。

神谷 そうなんですよ。ただアルバムを出すだけじゃなくて、レコ発でも(リスナーに)満足してもらわなきゃ、と思って。

──しかも制作時期って、年末年始を挟んでますよね。

 ミックス中に年を越し、能登半島地震が来たっていう。

神谷 地震速報が鳴って、ミックス中断して。でも2時間くらい経って、「やっぱやんなきゃ」って切り替えたよね。

 うん。とにかく年末年始はなかったね。

神谷 お互い仕事は休みだから朝から晩までやってた。大橋くんもめっちゃ貢献してくれたよね。「蜃気楼」は大橋くんじゃなかったらできなかった。

 「Orange」のドラムも大橋くんで。細かいフィルとかのフレーズは全部大橋くんの発案だね。

──その時点で制作にもガッツリも関わってたんですね。

 ですね。信頼できるフレーズを持ってきてくれるのが本当に強くて。

神谷 それまでは2人で完結した方がいいものが作れると思ってた……というか、信頼して任せられる相手がいなかったんですよ。他人に背中を預けるって、相当な覚悟が必要じゃないですか。「自分でやった方が早い」って思っちゃうし、BCLはうちら2人の色が強いバンドなので、それを崩すようなフレーズは嫌い……と思ってたけど、大橋くんはうちらで生み出せない、限界値を超えたものを持ってきてくれるので。「Orange」の制作辺りから、正規で入ってほしいっていうのはちょっと意識してたよね。

大橋 えへへ。いやあ〜、「Orange」のドラムを考えた後のスタジオ、めっちゃ誇らしげに帰った思い出。「蜃気楼」もそうだけど。

■ 本当に救いのない時代

──アルバムのコンセプトについても聞かせてください。『天使のいない街で』は1曲1曲にしっかりストーリーがあって、アルバム全体にも時間の流れがあって、かなりコンセプチュアルな作品ですよね。そういう構想はどこから来たんでしょうか?

神谷 自分たちが作った曲を集めたときに、まず時間の経過がわかりやすいと思って。「帰路」とか「Orange」は完全に夕方だし、「夜明け」は朝方だし。その時間の経過を12曲で表現できたらすごくいいな、と思ったのが最初ですね。あと、BCLの原点はめぐみんが作曲した「citylights」だと思ったときに……彼って風景から曲を作ることが多いんです。だから、街の風景を見たときの心の感じ方、その街で過ごした時間、その街に対する想いみたいなものが、曲やアルバムに乗ってくると素敵だと思って。私は岐阜出身で、大学時代は新潟で過ごしたんですけど、バンドとしては名古屋で過ごす時間が濃くて。だから「citylights」を聴くと、名古屋の帰り道の、あの夕方のあの色……っていうのがすぐ思い浮かぶ。そういう気持ちを込めたいと思って、まずアルバムの題材が“街”になりました。その後「蜃気楼」を作ったことによって、アルバム全体が“天使のいない街”っていうコンセプトになったんですよね。

──出身は3人それぞれバラバラですか?

 岐阜県という点では概ね一緒です。岐阜県の両端にいる人たちって感じですね。地理的にも僕と他2人は全然違うので。2人(神谷・大橋)は濃尾平野のだだっ広い地域なんですよ。こっちは濃尾平野の端っこの、山の割れ目くらいのところにギリ栄えてる地方都市みたいな感じ。「空が狭い・広い」っていう話をよくするんです。うちは空が狭くて。

神谷 その観点、めぐみんに言われて初めて知ったんですけど、私はずっと“広い空”で過ごしてたんで、“狭い空”の存在を知らなくて。「狭い・広いって何?」みたいな。

 長良川っていうでっかい川があって、その堤防に道路があるんですけど、そこで夕焼けを見たときにめちゃくちゃ感動して。「うわ、空全面オレンジじゃん!」「これが広い空か〜!」って。

神谷 そこから「Orange」の風景が生まれたんだよね。私の地元は川と川に挟まれてる三角州みたいなところにあって、堤防で自分の住んでる地域を一周できるんですけど、その堤防沿いにススキが生えるんですよ。で、伊吹山に夕日が落ちていく瞬間も見れるし、通ってた中学校もあって、たまにキンコンカンコン聞こえる。「これなんだよ!」って思って。

 これです、僕が感動した“広い空”は。

提供=恵

──うわ〜、すごい!

 うちは山が近いし、土地自体も凹凸があるし、だから空が狭いというか。

神谷 見てる風景が全然違うので、作る曲も違うな〜って。

──BCLは主に2人の原風景がかなり反映されてると。

神谷 「Orange」は特にそうですね。私は地元の中学校の制服が頭に思い浮かぶんですよ。

──言ってしまえば、それってリスナーからしたら“他人の思い出”じゃないですか。神谷さんのかなりパーソナルな思い出。だけど、「Orange」には聴き手それぞれのいろんな懐かしい感情を呼び起こす力もあるというか。架空の思い出が浮かび上がってくるような感覚さえあります。

神谷 自分の見てる風景は曲に投影したりするんですけど、感情を投影したことはなくて。特に「Orange」は意識的に自分の感情を入れてなくて、“みんなが一度は通ってそうな気持ち”を入れてます。私、学生時代に誰かを傷つけることはもちろんあったんですけど、もう思い出そうとしてないし、後悔するのもやめて、完全に蓋を閉めちゃってるんですよ。なので、「Orange」は自分の気持ちを昇華するためには作ってなくて。他人の感情について考えましたね。自分の気持ちを引っ張り出すと、それこそもっと鬱っぽい曲ができちゃうんで、そっちは閉じておいて、もっとライトに「全人類が刺さる曲って何だ?」って考えたときに、やっぱり羊文学だって思ったのでリファレンスにしてて。なので、「聴き手の懐かしい感情を呼び起こす」みたいな感想はめちゃくちゃ嬉しくて、意図がちゃんと再現されてるっていう。

──アルバムのコンセプトに「感情に寄り添う」っていうのがありましたが、まさにそういうことなんですね。

神谷 ただ、そうやって意図的に作ったものが受け入れられるのか、めっちゃ不安だったんですよ。自分の感情を乗せた曲だったら、特にライブに来る人たちは「あ、神谷さんはこういう経験をしたんだな」とか「こういう気持ちだったんだな」って受け入れられる。でも自分の気持ちを乗せずに、みんなの気持ちを引っ張り出すような曲って、悪く言えば「知らない感情を想像して打算で書いてる」とも言えるんですよ。でも受け入れられたみたいで良かった。

──アートワークがイラストなのが、よりいいというか。特定のリアルな人物像がないわけじゃないですか。「BCLはこういう3人」っていうのが、ジャケットだけではわからない。それも上手く作用してるんじゃないかなって。

神谷 “人間”は出さないようにしてるね。

 みんな“この子”にやってもらってるからね。

──『天使のいない街で』のCDジャケットも普通のサイズではないですよね。それも意図的ですか?

神谷 まず、普通のジュエルケースが嫌なんですよ。それで紙ジャケットにしたかったんですけど、紙ジャケってプレスするところによって質が全然違うから、確実にいい紙質で作ってくれるところに頼んだんですね。12.5cm × 12.5cmが通常のCDサイズなんですけど、それだとぴっちりすぎるし、印刷も思うようにいかない……って考えてたら、だんだんデカくなっちゃって。まあデカいのもいいよね〜、音もデカいし〜、みたいな。

 笑

神谷 それで満足のいくサイズが16cm × 16cmになったんですけど、いざ手に取ったら本当にデカくて。笑 でも一目で「普通のCDじゃないんだろうな」感が出るんですよ。まずは目に止まってほしいし、「アートワークもこだわってるんだな」って知らない人にも思ってほしかった。で、いざ触ってみると「紙もめっちゃいいやつじゃない?」ってなる。気づく人には気づかれたいっていう、そういうプライドです。

 結果良かったよね。

筆者所有

神谷 大学時代、本を作る研究室にいたんですけど、紙を選んだりするのがすごく楽しかったんですね。だから「いい紙を使いたい、でも予算内に収めたい!」っていうのがあって、それを極めた結果です。

──触り心地いいですよね。サイズも7インチより少し小さいくらいの絶妙さで。

神谷 棚にあったら絶対「なんだこれ?」ってなりますよね。

──強いて言うなら保管しづらい。普通のCD棚には入らないです。笑

神谷 そうなんですよね。笑 でも、ちょっとそれも狙ってて。

──面出し必須ですね。

神谷 私、棚に全部サイズ揃って入ってたら探す気にならないんですよね。だから差し込まれないようにして。

──『天使のいない街で』というタイトルについても聞きたいんですが、これはどういう意味が込められているんでしょうか?

神谷 これも「蜃気楼」に繋がっていくんですけど、私の書く歌詞って救いがないというか。いわゆる“棚ぼた”的な救いはないんですね。祈りを捧げたら助けてくれる……みたいな、そういう生優しい救いはないようにしてるんです。結局、自分で自分のことを助けるか、誰かとお互いに支え合って助けるか、そうじゃないなら救いはないと思ってて。「citylights」も明るくてポップで爽やかな感じなんですけど、最後は街を出て行ってますからね。

──なるほど。

神谷 「蜃気楼」も、〈君の翼を毟りとるから〉っていう歌詞があるんですけど、そもそも「天使ってなんだ?」っていう話で。単にイメージとしての天使でもあるし、神に一番近い存在、祈りの対象でもある。でも、神に祈ってもどうにもできない。今の時代、本当に生きづらいと思うし、未来のこともあんまり楽観的に見られない。自分たちでどうにかしないと生きていけないし、勝手に幸せにしてくれる人もいない。そういう意味で、本当に救いのない時代だと思ってるんです。そんな中で、どうやって生きていくのか。そういう気持ちでコンセプトを考えましたね。

──かなり現実的ですね。僕もここ数年でSNSを見るのが本当に嫌になっちゃって。でも、ないと不便だし。なかなか折り合いがつかないんですよね。だからアルバムのコンセプトもしっくり来る。

神谷 ファンタジーの要素もありますけど、その先には現実が待ってます。

──曲順を決めるのは苦労しましたか?

 だいぶ苦労しましたね。けど「citylights」はエンディングっぽい、っていうのは最初に一致してたかな。

大橋 エンドロールみたいな。

神谷 思い入れもめちゃくちゃあるからね。

 「サウンド的に近い曲を固めて並べよう」って感じだった。「蜃気楼」だったら、その雰囲気を継ぐような重めのシューゲイズを……とか。

神谷 「蜃気楼」が真夏の真っ昼だから、音楽性と時間帯が一緒なのを揃えるのは難しかった気がする。

──曲順含め、1枚で完成されているのがすごく良くて。かいつまんで聴くっていうより通しで聴きたくなりますね。

神谷 いい流れですよね。あと、2人それぞれが作った曲を上手いことミックスして配置することで、どっちの曲なのかわからないようにしてて。知ってる人からすれば「神谷の曲が好き」「めぐみんの曲が好き」っていう情報はあるかもしれないけど、初めてBCLを聴く人には誰が作曲してるのかわからないようにしたかったんです。

──曲ごとに明確な差があるわけでもないですよね。

神谷 そう、それに気づけて。やっぱり根幹が一緒なんだよね。

 僕が好きな洋楽のバンドがいて、神谷はそれに影響を受けた邦ロック・バンドが好き、みたいなことが結構あって。

神谷 あと、それぞれの好きな曲を分解してめちゃくちゃ討論してきたので、その分解したパーツはお互いに渡せるんですよね。「そのコードの後はこのコードの方がこういう効果があるよ」とか、「このときはセブンスがいいよ」とか、そういう情報は共有してるので、私の良さもめぐみんの良さも残したまま統一感も出せるんです。

──ここまで曲を分解してる人たちはあんまりいないのかな、っていう印象はあります。

神谷 分解さえしてしまえば、後は何にでも流用できるんです。パーツが大事。ちゃんと身ぐるみ剥いだ方がいい。「なんかいいな」をやめたよね。

──もう元ネタを集めたカバー・アルバムを作ってほしいですね。

神谷 えっ、それやろうとしてて! 逆トリビュート・アルバム!!

 やりたいってずっと言ってるんですよ。収益とか権利関係が大変だと思うんですけど。

神谷 でもやりたいね。カバーをやることによって視界が開けるときがある。しかもちょっとニッチな曲をやることで、コアなファンが掴めるんです。去年のクリスマスにavengers in sci-fiの「There He Goes」のカバーをアップしたんですけど、そんなに有名な曲ではないんですよ。でも食いついてくれる人がいて「キタキタキタ!!」って思って。あと、みんなが知らない曲をあえてカバーすることで、それが刺さったら「曲が良ければアプローチは何でもいい」ってなるんですよね。これはメンタルシューゲにも繋がってくるんですけど、今日やったシューゲイズ・アレンジの「桜流し」もそういうことで(*9)。

*9:インタビュー当日(2024年3月31日)の『Total Feedback』にて披露

──宇多田ヒカルってシューゲイズとかなり親和性がありますよね。

神谷 えっ、ありますよね!?

──例えば、クレナズムが「SAKURAドロップス」をカバーしてたじゃないですか。あれも超良くて。

神谷 あれやばいですよね。逆トリビュートやるぞ〜。

 もうやることがいっぱい決まってきたね。

神谷 やらないように抑えてるだけなんですよ。計画はめちゃくちゃあって、「早くやりたい! 早くリリースしたい!」っていうのを抑えながら日々生きてます。

 アベンズのカバーも2日で作ったからね。

大橋 今度からはそれに巻き込まれます。よろしくお願いします。

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アルバム『天使のいない街で』全曲解説