Posted on: 2023年8月13日 Posted by: 鴉鷺 Comments: 0

2人はまさに、重要な転換点を迎えている──大阪・箕面を拠点に活動するRyuta WachiとMaaya Wachiによる夫婦デュオ、Still Dreamsの新作ミニアルバム『Nerve』は、全6曲ながらその事実を端的に示す。本作は自主レーベル、Be Here Now Recordsからリリースされ、歌詞はキャリア初となる全編日本語で、サウンドの面はこれまで以上にエレクトロ・ミュージックやインディー・ダンスに接近。強いポップネスが貫かれ、リスナーに歩み寄るようなオープン・マインドに満ちた、美しく、親しみやすいトラック集である。

本稿では、そんなある種の記念碑的な作品とも言える『Nerve』を起点として、Still Dreamsを紐解いていく。それぞれの楽曲における意識や影響源などを詳しく聞きつつ、過去のリリース作品や2人の興味、ゲームや文学など音楽以外の好みについてなど、ディープな部分にまで迫るインタビュー。

インタビュー/文=鴉鷺
編集=對馬拓

* * *

■ 自分たちの責任で全てを行えるようになった

──まずは『Nerve』の完成とリリース、おめでとうございます。Still Dreamsの旧作と比較して、今まで以上にダンス・ミュージックに接近している印象を受けました。これまでもシンセサイザーなどの電子音響の要素は強かったですが、今作はいわゆる100% Silk、Blue Hawaiiを連想するようなダンス・ミュージックに接近していて。今作の制作の手応えはいかがでしょうか。

Ryuta Wachi 仰る通り、僕たちも100% Silk周辺やBlue Hawaiiなどの作家を聴いているんですが、今まではそれを自分たちの音楽に落とし込むということはできていなくて。でもコロナもあって外出が減った時期に、DAWの使い方を勉強したんですよ。YouTubeなどでいろんなアーティストが自分のトラックの作り方を公開していたので、それを観て「こういう風に作るんや!」って知ったことで、自分たちが聴いていたものをトラックに落とし込めるようになりました。

──自分たちがイメージしたものをどんどん形に出来るようになって、その成果として今作が出来上がったんですね。そして、前作『New Life』から1年が経ちました。その過程で音楽性や心境などの変化はありましたか?

Ryuta Wachi 元々色んなレーベルからリリースしてもらっていて、前作から自分たちのレーベル(Be Here Now Records)からリリースするようになったんですよね。それによって、いろんなことに配慮せずに、思いつきをそのまま形にできるようになったというか。『Make Believe』は「インディー・ポップのレーベル(*)だからこういう作風にしよう」という配慮があったんですが、今は自分たちの責任で全てを行えるようになったんですよね。

*『Make Believe』はスペインのElefant Recordsからフィジカルをリリースしている。

──まさにDIYですね。

Ryuta Wachi (レーベルを立ち上げたことによって)何かの理由で作品が出せなくなる、ということがなくなりましたね。それは大きな心境の変化です。

2019年、香港のラジオ局でのライブにて

■ まさにバディ・ムービーのような

──今作ですが、例えば歌詞にはある種の楽観性もありつつ、それだけではない、もっと別の複雑なものも潜んでいる印象を受けました。音楽的にも大きく変化していて。今作における音楽とリリックの大きな主題、作品を流れているテーマはどのようなものでしょうか?

Ryuta Wachi 歌詞を日本語で綴ったことがまず大きくて。もっと自分たちのことをテーマにしようという意識が生まれて、僕たち2人の関係や想いをテーマ、ベースにして創ってみよう、というコンセプトがあります。

──各々のトラックにおいて、制作背景やコンセプト、影響を受けたミュージシャンや意識していたアート、達成したかったことなどについて伺いたいです。最初はレトロ・フューチャーなシンセが響く「ふつうのしあわせ」。このトラックはどのようなことを意識されたのでしょうか。

Ryuta Wachi Disclosureを聴いて、今まであまりハイハットを意識して曲を作ってこなかったことに気づき、ハイハットとダンス・ミュージック的なリズムの構想が最初にありました。で、Disclosure風のクールなトラックにしたかったのですが、如何せん僕たちがナードな人間なので、イケてる感じにはならなくて。

──でも、個人的な見解ですが「ふつうのしあわせ」にはDisclosureとは別種のクールさがあると思います。Disclosureが推し進めるスタイリッシュな感覚とはまた別種のかっこよさがあるという認識で、とても好きでした。

Ryuta Wachi ありがとうございます。僕たちらしい世界観を大事にして、これまでの音色などを踏襲しつつ作れたら、という制作意図がありましたね。

──「たくらみ」はElefant Recordsを直截的に想い起こさせるような、インディー・ポップ的なシンセサイザーの音色が前景化している印象です。このトラックの狙いはどこにあったのでしょうか。

Ryuta Wachi 「たくらみ」はかなり後半に作った曲です。今作の音楽性が旧作とかなり違うことから、旧作と『Nerve』の間にあたるような作品を作りたいと思い、インディー・ポップ的なトラックでバランスを取ろうという意図がありました。今まで聴いてくれていた人たちがいなくなってしまうのは寂しいというのもあって。

──MVについても伺いたいです。制作はどのように進んだのでしょうか。

Ryuta Wachi 去年(2022年)の10月、DREAMWAVES(Vol.11)の後に大阪のdesktopというクラブ・イベントに出演させていただいて、その時に日本語の曲だけでライブをやりました。その際、後に「たくらみ」のMVを制作していただくKURODAさんがVJで参加してくれていて、その映像がとても綺麗だったんですよね。あまりにも素晴らしくて後で送っていただくほどで。そのVJの映像と近い感覚でMVを作って欲しいということもあり、それも「たくらみ」の楽曲制作の前提にありました。

desktop × 世紀末 @心斎橋Conpass 2022/10/29

──MVのストーリーやヴィジュアルと連動しながら楽曲も制作されたんですね。それと、MVのストーリーはどのようなものなのでしょうか。ローファイでポップな、ポリゴン数が少ないと同時にかわいらしい映像を選んだ理由についても伺えればと思います。

Ryuta Wachi MVを作ってくれたKURODAさんが、こちらから歌詞を送った時に考察を加えてくれたんですよね。ここで主人公はどう思ったのか、みたいな。

Maaya Wachi KURODAさんにストーリーをどういう方向性にするか注文したんですが、その時に考察的な観点でいろんな質問を投げかけてきてくれて。その中でストーリーが生まれていきました。

KURODAによるMVのコンセプト・アート

Ryuta Wachi この曲はパートナーシップについての曲なんですよ。恋人や友人に限らず、信用できる他者との関係についての曲で。一度は道を違えてしまったけど、再び会った時に「やっぱり俺たち最強だよね」と思える、そんなストーリーがあります。一回離れてしまったけど、また会ったら同じように関われる、というか。

──バディ的な関係を歌ったトラックなんですね。

Ryuta Wachi そうですね、まさにバディ・ムービーのような。

■ ヴォーカルとしての意識は「媒介」

──「空想の先」は、例えばシンセの扱いから背景にテクノがあることを想起させつつ、ドリームポップ的な要素も強くて、あまり聴いたことがない質感でした。このトラックについてはどのような制作意図があったのでしょうか。

Ryuta Wachi ハウスを聴くようになって、Peggy Gouがとても好きなのですが、そういった「アジアンな音色のハウス的なトラック」という意図を持って制作しました。NewJeansの「Ditto」という曲がジャージー・クラブのようなビートで、そういう質感のビートを導入したいという意図もありました。結果的にあまりそういう質感にはできなかったんですが、Still Dreams流の形にまとめられたと思います。

──個人的に「拙い魔法」は、2010年代初頭の100% Silkのようなインディー・ディスコを想起するような作品だと思いました。同時にサビのリフレインである“拙い魔法”というリリックが英語詞とはまた違う感覚で、日本語として綺麗に韻がはまっていて、そこがすごくかっこよくて。

Wachi Ryuta この作品は日本語詞での制作にシフトしてから最初に作った曲です。僕と鴉鷺さん(筆者)がまさにリアルタイムで聴いていた、2010年代初期の100% Silk辺りのインディー・ディスコをいつか作ってみたいという考えが念頭にあって。同時に、Still Dreamsは二人でやっていて、Maayaの歌は大きな要素なんですよね。なので、より歌モノにフォーカスしたものを作りたいという意図がありました。韻については日本語で作るのは初めてでしたが、Still Dreamsらしい感覚でまとめられたと思っています。

──その韻について気になっていたのですが、「拙い魔法」のサビにおける言葉の反復は4つ打ちと重なっていて、同時にメロディやその反復される言葉の韻がとても綺麗にはまっていて。西洋由来のダンス・ミュージックに日本語詞を綺麗に響かせつつ、その韻にも配慮されている印象です。その点について、どのような方法や検討があったのでしょうか。

Ryuta Wachi 西洋の音楽の英語詞は基本的に韻を強く踏んでいて、同時に邦楽にはそういう意識があまりないと思っています。個人的には、日本語の曲に韻が踏まれていないことに気持ち悪さを感じてしまうというか。ダンス・ミュージックは基本的にリフレインの音楽なので、同じ言葉による韻を進めていきたいという意識がありました。

──そのお話からMaayaさんに伺いたいのですが、Still Dreamsの音楽には西洋的なダンス・ミュージックの要素もドメスティックな音楽の要素も同時にあると思います。その韻とリフレインに配慮された言葉と旋律を歌うにあたって、配慮されていることや意識されていることはどのようなものでしょうか。

Maaya Wachi レコーディングをする前に、二人で擦り合わせの時間を取ってるんですが、その時に彼(Ryuta)に「ここの音はこう響かせてほしい」という要望があったりしますね。工夫していることは、レコーディングの前にノートに歌詞を全て平仮名で書き写して、それをさらにローマ字表記で書いています。例えば「拙い魔法」なら“tsu-ta-na-i-ma-ho-u”と書いて。その子音をアルファベットに置き換えて、歌う際はそれを思い出しながら歌っています。

──日本語における韻文というよりは、英語詞に近い文脈で解釈された韻文の方法で歌われているんですね。では、より全体的な話として、MaayaさんがStill Dreamsでヴォーカルとして歌われるにあたって、例えばこういうことをやりたい、こういう風にヴォーカルを響かせたい、といった意図や意向はどのようなものでしょうか。そこで表現したいことや、配慮していることについて伺えればと思います。

Maaya Wachi 元々、私は英語詞を歌う時も日本語詞を歌う時も、彼が作るトラックの世界と、皆さんがいる世界の中間に立って、「トラックの世界を皆さんがいる世界へ変換する」ということを考えています。

──ヴォーカルという表現それ自体が、ある種の「媒介」として働いているんですね。

Maaya Wachi 毎回ヴォーカルが媒介として上手く機能している訳ではないと思っています。例えば、私たちはレコーディングの度に毎回揉めたり取っ組み合いをしている訳ではないんですが、成果物が生まれないという意味で上手く行かないことも時々あって。そこでコミュニケーションを取ったり、お互い思っていることを表現したり、ということを積み重ねていったら、だんだんと私のヴォーカルが媒介として上手く機能するようになっていきました。

──Maayaさんが『Nerve』で歌われるにあたって、意識されているヴォーカル、影響を受けているヴォーカルなどがあれば教えていただきたいです。

Maaya Wachi ヴォーカルとしての意識が「媒介」ということもあって、Ryutaからヴォーカルのリファレンス・プレイリストをもらっています。

──Magdalena BayやRina Sawayamaが入っているんですね。CFCFのようなスムースなブレイクビーツ、Grimesのようなダークウェイヴ以降の作家、4s4kiのようなHyperpop周辺の作家なども収録されているのが面白いです。tofubeatsやPeggy Gouは腑に落ちるというか、納得があります。NewJeans「Ditto」も入っている。

Maaya Wachi これらが彼から求められている歌い方です。それと、根本的に私自身が歌を楽しいものとして認識し続けるためには、アニソンが大切なものとしてあるので、よく聴きます。媒介として活動することの重圧もあって、特にレコーディングの時は歌うこと自体が楽しくなくなってしまうことがあるんですけど、そういう時にアニソンを歌うことで、「歌うことって楽しいんだ」と自分に思い出させたりします。

──特にお好きなアニソンはありますか?

Maaya Wachi それほど多くはないのですが、プレイリストにまとめています。

──『サクラ大戦』の主題歌「檄!帝国華撃団」、EMERALD FOUR「氷の世界」、堀江由衣「my best friend」、ホフディラン「スマイル」などが入るんですね。川本真琴が入っていることにも個人的に納得感があります。中島愛「星間飛行」やスピッツの楽曲も。

Maaya Wachi ここに入ってるアニソンは特に好きですね。

■ 聴いてくれている人たちを実感した

──「夜は旅」はスペーシー、もしくはコズミックな感覚と、EDM的(例えば徐々に早くなるクラップ)な要素を感じました。同時にトランス・ミュージック的な感覚もあって。このトラックの制作意図や背景について伺いたいです。

Wachi Ryuta ゲームの話になるんですが『Cyberpunk 2077』という作品があって、ああいうゲームの中に流れているのがまさにこういう音楽で。EDMとトランス・ミュージックを混ぜてたようなトラックと、同時に日本語詞の曲も流れていて。それがとてもかっこよかったんですよね。いわゆるゲーム音楽というと8bit的なものが連想されますが、今のゲーム音楽はこんな感じだよ、というのを自分たちなりに提示したいという意図がありました。

──ゲーム音楽に対するアプローチが、RyutaさんとMaayaさんのゲームプレイの体験に伴って生まれたんですね。その点については個人的な話になるのですが、僕もインディー・ゲームが好きでよくプレイしていますよ。

Ryuta Wachi そうなんですね! どの辺りのゲームがお好きなんですか?

──最近はノベルゲームをプレイすることが多いです。例えば『西暦2236年』とか。このゲームはすごくて、主題に「アンチ・新世紀エヴァンゲリオン」、もしくは「エヴァへの回答」があるんですよね。

Ryuta Wachi あ、Steam(ゲームのDL販売とSNS機能を備えたプラットフォーム)にもある。『Clannad』と同じ会社から発売されているんですね。僕たちもノベル・ゲームが好きで。『レイジングループ』とか『グノーシア』とか。

Maaya Wachi 今まさに『レイジングループ』をやっています。ノベル・ゲームに2人してはまっているところで、(『西暦2236年』の話は)嬉しい情報ですね。ありがとうございます。

──最終トラックの「このままでいいよ」なのですが、『Nerve』全体の音楽性が統合された、トータルなものであるように感じました。このトラックの背景には、どのような背景、影響があるのでしょうか。

Ryuta Wachi まずEDM的なトラックを作りたいという考えが念頭にありました。今までは「僕が作りたい音楽を作ること」を意識して制作していたのですが、最近「あ、これは人も聴いているんだ」ということを改めて思ったんですよね。そして、皆が聴いて嬉しくなって、喜べるようなラブソングを作りたいという思いがありました。

──そうなんですね。そうしたトラックを制作する中で、特に変化した部分はありましたか?

Ryuta Wachi やっぱり一番大きいのは歌詞を日本語で書くようになったことですね。聴いている音楽は英語のものが多かったし、作るとなると英語が当たり前というか、それしか作ったことがなかったんですよ。でも、日本で活動していて、日本の人たちもたくさん聴いてくれているので、そういう人たちにもっと直接思っていることを伝えられたら、と思い日本語詞を選びました。本当に聴いてくれている人たちを実感したというか。

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鴉鷺
鴉鷺Aro
大阪を拠点に活動する音楽ライター/歌人/レーベル主宰者。Sleep like a pillowでの執筆や海外アーティストへのインタビューの他、遠泳音楽(=Angelic Post-Shoegaze)レーベル「Siren for Charlotte」を共同オーナーとして運営し、主宰を務める短歌同人「天蓋短歌会」、詩歌同人「偽ドキドキ文芸部」にて活動している。好きなアニメはserial experiments lain、映画監督はタル・ベーラ。