■ 自分たちのセラピーのために
──ここで、改めてStill Dreamsの結成までの経緯と、念頭に置いているコンセプトなどについて伺いたいです。
Ryuta Wachi 元々、僕とMaayaはJuvenile Juvenileというバンドで活動していたんですが、やがて結婚して一緒に住むことになったので、せっかくだから「2人で完結できることをやりたい」というところからStill Dreamsが始まりました。どうしてもバンドだと練習するのに時間がかかるし、何かをやるにもメンバー全員の了承を取らないといけないですよね。なので(Still Dreamsを始めたのは)手軽に活動したい、というのも念頭にありました。サウンドとしては、最初はシンセ・ポップをやることが念頭にあって。最初期のリファレンスのプレイリストがあるんですよ。こういう感じの音楽をやりたかったというか。
──いわゆるドリームポップやシンセ色の強いポップス、インディー・ポップなどを当時から意識されていたんですね。このプレイリストに入っているRoman à Clefは僕も特に好きです。
Ryuta Wachi 以前ニューヨークに行った時にたまたまライブを観ることができて、かっこよかったです。
──次は大きな質問になってしまうのですが、一番最初の作品から最新作までに、どのような変化があったのか伺いたいです。僕は最初の2枚のアルバム(『Theories』と『Lesson Learned』)が大好きでよく聴いているのですが、そこから音楽の内容であったり、音楽についての意識がどのように変化があったのでしょうか。
Ryuta Wachi そこは実はあまり変化していないかもしれないですね。「作ったから出す」みたいな感覚で進めていて、シーンがどうであるとか、状況的なものについてはあまり意識していないんですよね。
──シーンの状況よりも自身の表現を大切にされているんですね。
Ryuta Wachi 自分たちのセラピーのために曲を作って、Maayaに歌ってもらう、ということがその後のリリースよりも重要なんですよね。なので、作ること自体はそれほど変化していないかもしれないです。その時にできる精一杯のことを常にやってますね。できることのキャパシティとか機材の進化はあるんですが、基本的な姿勢は同じで、休みの日に夜遅くまで制作をしています。
──もう一つ伺いたいのは、Elefant Recordsからリリースされた『Make Believe』ですが、そのレーベルからリリースするにあたって意識などの変化はありましたか?
Ryuta Wachi Elefant Recordsからリリースしたことはすごく勉強になりましたね。「常にSNSに居るようにしろ」とか「常に波風を立てておけ」みたいに、結構レーベル側から詳細な指示があって。音楽を作ってリリースする、というのが僕たちがずっとやっている、やりたいことなんですが、Elefantから12曲入りの作品をリリースして、そのうち4曲のMVを作っていて、同時にアイデアを出す作業もあったり、音楽以外のことで忙しくなりました。良いことも含めて、とても勉強になりましたね。ビジネスについての考え方というか。
──ちなみに、Elefant Recordsの好きなアーティストがいたら教えてください。
Ryuta Wachi The Perfect Kissというバンドがとても好きで、後はBand À Partとか。
Maaya Wachi 私はAxolotes Mexicanosが好きですね。
──僕もAxolotes Mexicanosは大好きで、『salu2』のリリース当時、狂ったように聴いていました。
Ryuta Wachi あの作品いいですよね! 僕も『salu2』が一番好きです。それと、(Elefant Recordsからリリースして)実際に憧れていたアーティストと直接メッセージを交わせたことも嬉しかったですね。
■ きゃりーぱみゅぱみゅのコーチェラを観て
──インディー・ダンスのシーンについて伺いたいです。例えば何度も挙げているように2010年代初期の100% Silkなどが一つの最盛期でしたが、現在もBlue HawaiiやDisclosureなど、シーンは活発に動いています。現行のインディー・ダンスや、それ以外のダンス・ミュージックのシーンについてどうお考えでしょうか。
Ryuta Wachi 僕たちはその辺りにそこまで詳しくはないのですが、たまたま行ったライブやDJイベントでかかっている曲をShazamしたりして知ることが多いです。そのShazamが拾ったアーティストの周辺を聴いたりしてますね。今のシーンについてはそこまで把握していないです。ちなみにMaayaはSkrillexが一番好きです。
──Skrillexは今年リリースされた新譜(『Quest for Fire』と『Don’t Get Too Close』)が良かったですね。余談ですが、先ほどのインディー・ダンスもそうですが、最近はブレイクコアの流れが強いですよね。
Ryuta Wachi desktopに出演した時に、全編BPM200みたいな速い音楽が流れていて、今ここまで速い音楽が流行っていることに驚きました。
──僕も先日の、Fax Gangが出演したdesktopに行ったのですが、DJの方がMIXのラストでかなりBPMが速いブレイクコアを流していて良かったです。SewerslvtによるPorter Robinson「Get Your Wish」のリミックスでした。
Ryuta Wachi アニソンを凶暴にしたようなリミックスとかもあって面白いですよね。
──これはダンス・ミュージックに限らずですが、『Nerve』を制作するにあたって、影響を受けた作家や意識している作家について伺いたいです。
Ryuta Wachi 僕は去年(2022年)の、きゃりーぱみゅぱみゅのコーチェラ(Coachella Festival)でのライブを観て、めちゃくちゃ泣いて。あれを観てから、日本語でやっていくのがかっこいいと思うようになりました。初日は10人ぐらいのダンサーとライブをするセットだったんですが、翌日にダンサーの方がコロナなどで体調を崩し、きゃりーぱみゅぱみゅが一人でステージに立ってライブをしていて、それが本当にかっこよくて。後は元シャムキャッツの夏目知幸さんがソロで活動しているSummer Eyeも、バンド時代とは全然違ってダンス・ミュージックの影響を受けていて、面白くてよく聴いています。元々バンドをやっていた方がソロで制作するダンス・ミュージックの良さ、というか。
──最近はバンドで活動されている方がソロで優れた作品をリリースするケースが増えていますよね。例えば明日の叙景のKei TorikiさんがOtherman Recordsからブレイクコアの作品をリリースしていたり。No BusesのCwondoさんもそうですよね。それと、現在のシューゲイザーやドリームポップのシーンについても伺いたいです。現行のシーンは個性的なバンドが沢山現れる豊かな状況で、特に国内についての見解はどのようなものでしょうか?
Ryuta Wachi 最近の国内のシューゲイザー/ドリームポップのシーンについては、例えば名古屋のDREAMWAVESのようなイベントが各地に増えてきて、同時に新しいバンドも出てきていて、良い状況だと思います。海外のシーンだとSunbrella(ロンドンを拠点とするドリームポップ・ユニット)という方がいて、最近一番良いと思っているシューゲイザーです。それと、僕はずっとギターを使って曲を作っていたんですが、今回からは他の方法で作曲を進めているんですよね。今はギターよりもシンセやリズム・パターンに関心があって。なので、自分たちの音楽がシューゲイザーやドリームポップにフォーカスすることはしばらくないと思いますし、現行のシーンについては追えていないところがあります。ライブを観に行くのは好きなんですけどね。
DREAMWAVES Vol.11 @鶴舞Daytrip 2022/10/15
──そうなんですね。その上で伺いたいのですが、今の国内外のシューゲイザー/ドリームポップで好きなアーティストがいれば教えてください。
Ryuta Wachi Mariana in our Headsかな?
Maaya Wachi Mariana in our Headsは大好きです。
Ryuta Wachi お互いライブのサポートをしたりしていますね。ギターのフレーズではMariana in our Headsに勝てないな、というのもあって、僕らは違うところに重点を置こうと思っていたりします。
■ 未完成なかわいさ
──先ほどもゲームの話が出ましたが、個人的にStill Dreamsの作品を旧作から遡って聴いている中で、常に感じていることがありまして。今作の「たくらみ」のMVのように、音楽にかわいらしさのような感覚があるんですが、それは日本における萌えのカルチャーのようなかわいらしさとは全く違っている印象です。例えば海外の8bitの音楽やチップ・チューン、海外製のインディー・ゲームのヴィジュアルのかわいらしさを想起する内容というか。実際、Still Dreamsのかわいらしさはどういったものから影響を受けているのでしょうか。
Ryuta Wachi 確かに海外のインディー・ゲームのかわいさ、みたいなものにはかなり影響を受けています。今のいわゆる“Kawaii”音楽ではなく、ちょっとレトロなロー・ポリゴンのゲームだったり、その未完成なかわいさが自分の中のツボで。具体的な影響というより、海外の色々なインディー・ゲームをプレイする中で、無意識下に影響を受けているんだと思います。
──アマチュアリズムのような質感ですよね。
Ryuta Wachi そうです。千人規模で作られたゲームではない、一人の人間の執念で作られた作品というか。
──まさにインディー・ゲームのように、作家性が見えてくるような作られ方ですね。お2人がお好きなインディー・ゲームがあれば是非伺いたいです。
Maaya Wachi ノベル・ゲームならさっきも挙げた『レイジングループ』が好きで、もう一つ好きなのが、荒廃したSF世界のバーテンダーになっていろんな客と会話して、カクテルを作る『VA-11 HALL-A』というゲームです。ちなみに鴉鷺さん(筆者)の今やっているゲームと、生涯のベストは何ですか?
──今やっているものだと『Critter for Sale』でしょうか。海外のゲームで、ヴェイパーウェイヴとインダストリアルの意匠を取り込んだ電波ノベル・ゲームのような作品で、冒頭でマイケル・ジャクソンが亡くなって、そこから陰謀論的な話が展開していくんですよね。途中までしか進めていませんが、『Digital: A Love Story』も面白くて、初期のウィンドウズのような画面がゲーム内でエミュレートされていて、現実の時間を待ちながらゲーム内でメッセージを交わし、ある人物とのメールが始まり物語が進んでいく、みたいなゲームで。
Ryuta Wachi 僕の好きなゲームだと、音楽とゲームの融合という観点で『Sayonara Wild Hearts』がお気に入りです。後は『ディスコ エリジウム』とか。『Road 96』も好きです。あの辺りのインディー・ゲームが好きですね。ちなみに一番好きなゲームは『Fallout』シリーズです。
──『Fallout』シリーズは最高の作品ですよね。制作元のベセスタは僕も好きで、『The Elder Scrolls』シリーズのオタクだったりします。
Ryuta Wachi 僕も『Skyrim』はやりました。『オブリビオン』はグラフィックに愛を持てなくてあまりやっていないのですが。僕のスマホケースも『Fallout』のものですよ。
──『Fallout』は3を狂ったようにやっていました。300時間ぐらいプレイした記憶があります。
Ryuta Wachi 僕も3が好きです。あのゲームは長時間プレイしちゃいますよね。
日本最大級のインディー・ゲームの祭典、BitSummitにて
──次の質問ですが、音楽やゲーム以外の芸術、例えば絵画や映画、アニメーションや文学など、他の芸術への関心や触れられているものについて伺いたいです。
Ryuta Wachi 映画も好きですが、本を読むことが多いですね。
Maaya Wachi 漫画だとますむらひろしの『アタゴオル』というシリーズが好きです。宮沢賢治も好きなんですが、ますむらひろしが宮沢賢治の小説をいくつか漫画化していて、そのシリーズも好きです。
Ryuta Wachi 僕はポール・オースターが好きですね。
──オースターだと『鍵のかかった部屋』と『オラクル・ナイト』が好きです。
Ryuta Wachi ポール・オースターはずっと好きで、僕は『ムーン・パレス』と『最後の物たちの国で』が特に好きです。
──『最後の物たちの国で』のようなディストピア小説も読まれるんですね。
Maaya Wachi 読書でいうと、知人と3ヶ月に1回読書会をしていて。ジャンルを挙げて、その中で5冊くらい課題図書として選んでいます。ジャンルはバラバラですね。このノートにメモがあります。
──(ノートを見て)スティーヴン・ミルハウザーの名前がありますね。
Maaya Wachi これから読みたいと思っている作家です。耽美系の作家が好きで。栗本薫の『グイン・サーガ』をご存じですか? あの作品がとても好きで、家に『グイン・サーガ』を集めて積み上げた“グイン・タワー”というのがあって。130巻で作者が亡くなって未完で終わってしまっているんですが、80巻台まで読んでいて。ただ、絶対その間に他の本に手を出してしまうので、また最初に戻って、一から読むというのを何回も繰り返しています。笑
■ ミュージック・フリークじゃない人でも聴ける音楽を
──抽象的な質問になってしまうのですが、Juvenile Juvenileから現在に至るまで、音楽に一貫して強靭で美しいポップネスが流れているのを聴き取れます。鮮やかなポップ性というか。Still Dreamが抱えているポップネスはどのようなものなのか、その背景には何があるのか伺いたいです。
Ryuta Wachi 僕にはオーセンティック(=正統)なものを作れない劣等感みたいなものがあって、それで一時期は「なんでこんなまがいものみたいな音楽しか作れないんだろう」と思っていたんですが、聴いてくれる人がいることから「これが自分の個性なんだ」と認識するようになったので、それを前面に出そうと思っています。自分の中の“ポップ”というものをどんどん強くしてもいいんだ、と思うようになりました。開き直ったポップというか。元々はもっと渋い、正統なものを作りたかったんですが、自分の得意なメロディラインなどが分かって、開き直りが強くなりつつあるかもしれません。
──Still Dreamsの音楽は良い意味でツイストというか、捻りがたくさんあってとても美しいと思っています。そこから広がる質問ですが、現在にはこれまで挙げたように様々な音楽があって、BPMの高いブレイクコアとか、ポップなインディー・ダンスとか、同時にシューゲイザー、ドリームポップのシーンも盛り上がっていて。そういう状況の中で、極めてポップな音楽を創ることへの想いを伺いたいです。
Ryuta Wachi 今後どういう音楽を創るかは分からないですが、現在の考えでいうと、ミュージック・フリークじゃない人でも聴ける音楽を創りたい、という想いがあります。でも商業に根ざしたものじゃなくて、自分のやりたいことと折衷されたものというか。
──親しみやすさを大切にされているんですね。
Maaya Wachi いい言葉ですね、親しみやすさ。
──最後に、今後の活動の展望について伺えればと思います。フルアルバムなどを制作する予定はありますか?
Ryuta Wachi 今のところは『Nerve』の6曲で、曲のストックがゼロになってしまったんですよね。今までは作品のリリースの際に次のリリースの作品もまとまっているような状況だったんですが、今回はミックスやマスタリングも自分で行うようになって、その関係で曲のストックがなくなってしまって。でも曲のスケッチみたいなデモはあるので、落ち着いたらまたフルアルバムを作りたいです。フォーマットはまだ分からないですけどね。以前『New Life』のLPを自主制作で200枚作ったんですが、どうやったら採算が採れるのか分からなくて。笑 制作費と売り上げを考えた時に、どうしても制作費が上回ってしまうんですよね。
──レコードの制作費用自体が高騰していますしね。
Ryuta Wachi 1,000枚ぐらい作って、制作費を抑えられる状況じゃないとフィジカルは厳しいかなと。でも、僕も最近はデータで音楽を聴いていることもあって、どうしてもフィジカルを出さなくてはならないという欲求はなくなりました。
◯ 2023年6月18日 大阪某所にて
■ Release
Still Dreams – Nerve
□ レーベル:Be Here Now Records
□ 仕様:Digital
□ リリース:2023/07/12
□ トラックリスト:
1. ふつうのしあわせ
2. たくらみ
3. 空想の先
4. 拙い魔法
5. 夜は旅
6. このままでいいよ
■ Live
なごやギャラクシー “galaxy train vol.42”
April Magazine来日公演
2023/09/09(土)
@名古屋 KDハポン
OPEN 12:30 / START 13:00
料金:前売り ¥3,400 / 当日 ¥3,700(+1D)
[出演]
kotolis
Still Dreams
April Magazine
チケット予約:
wstilldreams@gmail.com
もしくはSNSのリプライやDMまで
■ Profile
Still Dreams
大阪・箕面のRyuta WachiとMaaya Wachiの夫婦2人によって2016年に結成されたシンセ・ポップ・デュオ。 これまでに3枚のアルバム『Theories』『Lesson Learned』『New Life』と、ミニアルバム『Make Believe』をリリース。2019年には中国ツアーを行い、2021年にはフィリピンの音楽カンファレンス「Sonik Philippines」のオンライン・ショーケースでのライブや、『Make Believe』をスペインの名門レーベル、Elefant Recordsからリリースするなど、国内外で活動を展開。また、Maayaが手掛ける学校新聞風の月刊オウンド・メディア「Dream Express」による情報発信も行っている。
Author
- 大阪を拠点に活動する音楽ライター/歌人/レーベル主宰者。Sleep like a pillowでの執筆や海外アーティストへのインタビューの他、遠泳音楽(=Angelic Post-Shoegaze)レーベル「Siren for Charlotte」を共同オーナーとして運営し、主宰を務める短歌同人「天蓋短歌会」、詩歌同人「偽ドキドキ文芸部」にて活動している。好きなアニメはserial experiments lain、映画監督はタル・ベーラ。