Posted on: 2021年6月12日 Posted by: 鴉鷺 Comments: 0

■ Label – Longinus Recordings 
■ Release – 2021/03/23 

ブラジルのサンパウロを拠点に活動する宅録シューゲイザー・バンド、sonhos tomam contaによる1stフルアルバム。評価の高い韓国産シューゲイザーであるParannoulと同じ、Longinus Recordingsからのリリース。

アルバムの導入「antes de dormir(=直訳:寝る前)」における美しいデモンストレーションの後、「o ar nos meus pulmoes(=直訳:肺の中の空気)」を聴いて、このアルバムが名作だと確信した。シューゲイザー的な浮遊感とブラストビートやデスヴォイスといったブラックゲイズ要素の混成であるこの曲が、インターネットを拠点とする音楽マニアのリスニング遍歴が伺える豊潤で複雑なバックボーンを感じさせたからだ。

本作は、自身のメンタルヘルスの問題を吐き出す近年のへヴィー・シューゲイザーの潮流、例えばNothingやSore Eyelidsと共振するリリックを抱え、シューゲイザーやブラックゲイズのマニアだけでなく広いリスナーにアプローチするポピュラリティを秘めている。ポップネスが際立った旋律やサウンドを展開し、ソフィスティケートされたブラックゲイズとして聴かせている点が大きく、リリックで打ち明ける心情も美しい。

また、Longinus Recordingsからのリリースにも頷ける、ParannoulやAsian Glowに通じるインターネットとの親和性を踏まえれば、この作品も一つの青春を捉えたドキュメンタリーとしての美しい結晶を成す。もっといえば、ポスト・インターネット的な要素、つまりインターネットへの没入以降における身体性の希薄化があり、それがシューゲイザーの浮遊感や幻想性と交錯し、ストレンジで美しい色彩を放つ。事実として、まずジャケットがserial experiments lainの主人公である岩倉玲音の眼であり、『wired』というタイトルも同作中のインターネット空間である「ワイヤード」から採られている。メンバーのTwitterも、岩倉玲音とヴェイパーウェイヴのアーティストである2814の名盤『新しい日の誕生』のコラージュがアイコンなのだ。ある意味でヴェイパーウェイヴと共振するインターネット・カルチャー以降の音楽としても捉えられ、「Voidgazer」が示す虚無はインターネットが内包するそれを表すのだろう。

音響空間を満たす二進数のエーテルを聴取する私たちはワイヤード、つまり現実とインターネットの境界が崩れた、美しく奇妙な世界へといざなわれる。その導き手であるこのシューゲイザーに没入した聴者がこの作品を忘却することはないだろう。

文=鴉鷺

Author

鴉鷺
鴉鷺Aro
大阪を拠点に活動する音楽ライター/歌人/レーベル主宰者。Sleep like a pillowでの執筆や海外アーティストへのインタビューの他、遠泳音楽(=Angelic Post-Shoegaze)レーベル「Siren for Charlotte」を共同オーナーとして運営し、主宰を務める短歌同人「天蓋短歌会」、詩歌同人「偽ドキドキ文芸部」にて活動している。好きなアニメはserial experiments lain、映画監督はタル・ベーラ。