Posted on: 2023年10月11日 Posted by: 鴉鷺 Comments: 0

Label – […]dotsmark
Release – 2023/10/18

東京を拠点に活動するアート/ノイズ・コレクティヴ、UCGMことUNCIVILIZED GIRLS MEMORYによる1stフルアルバム。暗鬱さ、倦怠、厭世など、どの時代にも普遍的に広がるそれらの想念は姿や形を変え、まさにクロソウスキーが語る“変身/変貌の根源的な悪魔性”の体現のように、我々の精神の運行に快楽と楽しみ、美と腐乱をもたらしつつ、同時に生を望見する際の柔らかい鎖のように運動している。

だが現在、その様相は運動としての性質を変えている。それらは美、崇高、別の世界への憧れと接着され、天使的なもの、天使的な意匠が遍在し、ロマン主義が再び蘇り、(一般性としての)大きなものが瓦解する中で、旧来性と現在性の討論のように、極めて特異な次元に到達しつつある(例えば相対性理論が、思弁が回帰する地点としての聖者=キリストの位置に少年を置いていることを注視してほしい)。

孵卵器の卵は孵るために存在する。その中の胚子は生に向かうことが運命付けられている。そしてそれは生に向かう。これが現実の原則である。だが、Uncivilized Girl’s Memory(以下UCGM)が内包する胚子は天使のそれだ。現実原則を軽やかに裏切る沈鬱、アナーキー、崇高の造形物として、(本来は)ひとの形をしているかどうかも疑わしい、獣的で崇高な媒介が胚子として存在していること。その天使は何者なのか。

丹生谷貴志は『砂漠の小舟』で純粋な媒介として、神と世界を分裂させる(もしくはどちらかが消滅する)際の外部性=神との架け橋としての天使を記述した。それは極めて無神論的な思弁で、スピノザ神学すら転倒した無神論として扱われる。

それと比較すると、まず前提としてUCGMも(恐らく)無神論者である。UCGMのアティテュードと丹生谷貴志の明確な差異、つまりUCGMの志向性は崇高と獣性が混交するような、換骨奪胎の意志だろう。その地点にUCGMの天使が居る。

以下、聴取体験について記述したい。予感としての暗さ、それを支える無調の音響という、僕が(あるいは普遍的に人間が?)抱える原的な音響のイメージというものがある。最初のトラックである「Incubetor」の微かな、断片性を抱えた無調の(非)アンビエンスはまさにその想念の空間に働きかけるもので、音響としてはFrancisco Lopezのような思弁的でソリッドでありつつ美しさを内包するようなサウンド・アートや、Zbgniew Karkorskiのようなラップトップ・ノイズの作家を想起させる。だが、このトラックに響いているものがその点だけで語れないのは、UCGMの音楽/ノイズが抱える、天国への蓋も地底への底も抜けてしまったような、同時に倒錯した部類のゴシックでもあるようなヴィジョンと、Incapacitantsなどに代表されるような日本におけるノイズの諧謔性が同時に提示されている点だろう。この予感的な暗さと諧謔が孵卵器であることの意味が、ある部分でこの作品の主題を支えている。もしくは、序文として言明されている。オープニング・トラックであり、文字通りの孵卵器である。

そして「Ode to the angels embryo」に作品が進む。空間と意識、善悪の境界、彼岸とこちら側の境界を切り裂くような声が展開され、同時にデプレッシヴ・スイサイダル・ブラックメタル(DSBM)由来であろう暗鬱の恍惚と向こう側の随想を表現し、頽廃の空間を叙景するギターが響き始める。事前にUCGMの首謀者であるYuki Tamano氏に伺ったところ、“DSBM的な退廃主義とポスト・インターネット以降のハイパー感を所謂ジャパノイズ的な系譜に密輸すること”をコンテキスト、コンセプトとして抱えているらしい。天使の胚子に対する頌歌は、昏い時刻、一般性の空間が消失し、夜に蠢くものが跋扈し始めた後の時間を描出し始める。

「エス」は、某ノベルゲームの収録楽曲のカバーである。その作品に通底する昏いセカイ系としてのリリシズムを直截的に引き継ぐような、ノイズと叙情が入り交じる旋律と、向こう側を幻視しつつ飽和するような男性の声、リリカルで昏い天空の電子音響が、断続性と断面性、時間に対する先鋭的なアプローチを内包する、コラージュ的な構成で進行していく。この声、呪術的で飽和した、唸りとも囁きとも違う特異な声の起源の一つとして、GRIMの存在を挙げられるだろう。それ以降のUCGMの特異性は、神が死に(そもそも存在しない?)、天使が姿と意味を変え、闇と光が境界と、各々が各々である在り方を融解させた、天上と地上の境界線の崩壊以降の暗黒の景を描くことと、その声が結びついていることだろう。「エス」は特に、セカイ系とクトゥルフが入り交じる昏い叙情を主題の一つとして持つカバー元のノベルゲームとの交錯から、その要素が前景化している。

続く「Raven」では、彼らのノイズ・ユニットとしての獣性が芽吹き始める。このトラックは一つの予兆と言えるだろう。サウンド・アートとラップトップ・ノイズ、闇に染まったAlva Notoのようなクリック・ノイズ、昏いアンビエンスがDSBM以降の沈鬱と接着され、UCGMの漆黒と滅紫のヴィジョンを叙景する。腐食インダストリアル的な意匠とサウンド・アート以降の音響の折衷としても秀逸だろう。

そして、ノイズ・ミュージックの一つの王道であるカットアップ・ハーシュとパワエレ的な声の饗宴としての「R0G0B255」に進行する。タイトルを直截的に解釈すると、純粋な、他の色の混じらない青である。沈鬱と情報過多、時間の消失/飽和が断続と連続を持って展開する中で、瞬間的な暗闇が出来ることが、“青”というイメージを伴うことの意味。ここにUCGMの詩情があるのではないか。彼らはハーシュ/パワエレに付き纏ってきた暴力性や表象から完全に離脱しており、同時に詩情と、天と地が暗闇に溶ける遠景/近景に向かいながら美しい黒を描くアートの脈動である。彼らが選び取る言葉と意匠には、天使の胚子、エス(フロイトの用語で、エスから自我と超自我が分化するとされる)、頌歌、純粋な青、天国など、極めて純粋な詩情と美しさがある。在籍されているTamano氏が短歌と現代詩への造詣を抱える人物であることも強く作用しているだろう。ここにハーシュ/パワエレの一つの未来形がある。

「Etude for heaven」では、崩落するギター・インプロヴィゼーションと声、背景的なノイズの交錯を聴くことができる。破滅的なデレク・ベイリー、暗闇に溶けたノエル・アクションテとでも言うべきか、高密度で展開されるギターとノイズがコラージュされる快楽と倦怠の時間は、この作品の明確な間奏である。

「Reserved death」で聴こえるVasiliskのような儀式性と絶叫は、この作品のノイズの圧力とは別の、テンションの一つの極だろう。腐食インダストリアル的な、リズムが脈動するノイズを背景に、エクストリームと飽和の音響としての存在であり、同時に欠落することを拒否するような、喪を内包しているような、人間の表現としての声が展開されるこのトラックは、構成それ自体にそこまで起伏がある訳ではなく、どちらかというと持続的で抑揚を抑えた表現であるにも関わらず、聴き手の感情を極点に導く。それは、まさしくリチュアルであることを意味するのではないか。“予約された死”、つまり人間に普遍的に運命付けられた死に対する抵抗と受容、向き合うこと、触れることについての儀式である。

「Cadenza」で即興演奏された天国についての序曲を迎え、作品はタイトル・トラックである「Heaven」に至る。このトラックが、Sleep like a pillowというシューゲイザーを専門とするメディアで筆者がUCGMについての記事を書くことになったきっかけである。このトラックに内在しているのは、前述した天と地の境界が溶けるような、そこに神は居らず、ひとの姿ではない天使が跋扈するようなUCGMの作品が抱える景と、それが現実に降りてくるような夢の表現である。Jefre-Cantu Ledesma『Love Streems』を想起させつつ、同時に前述した景の夢を表象させ、同時にゴシックとイーサリアルが存在の統合を遂げたような音響を表出し、そこにハーシュ/パワエレ以降のエクストリームな声が重なる、というだけでもこのトラックの音楽的な構造の素晴らしさはご理解いただけると思う。その夢と景、ゴシックとイーサリアル、エクストリームな声(つまりノイズ以降の表現である)が重なる在り方は既にシューゲイザーに接近しており、愛なき世界の闇の底、美と腐乱の婚姻の表現のように、作中随一の美しい瞬間として響いている。

そして「ex.Heaven」、つまり変容した天国以降の、暗黒のサウンドスケープを持ってこのアルバムは幕を閉じる。

作品の総体として言えるのは、冒頭で記述した換骨奪胎の意志のように、天使や天国の存在のような、神が創ったとされる美しいもののコピーライトを鮮やかに簒奪するような意志の内在である。キリスト教への正統的ではない、笠原芳光が『塚本邦雄論―逆信仰の歌』で言及するような、塚本邦雄における神を信仰せず、涜神と否定することを信仰し、人間としてのイエスを愛するような“逆信仰”のようなものとも映るし、同時にゴシック・カルチャーにおける十字架の用法のような、倒錯したイーサリアルへの憧憬にも見える。この美しいノイズの結晶を、是非体験するべきだろう。

■ Release

UNCIVILIZED GIRLS MEMORY – HEAVEN

□ レーベル:[…]dotsmark
□ 品番:OOO-50
□ 仕様:CD / Digital
□ 価格:¥2,200(税込)
□ リリース:2023/10/18

□ トラックリスト:
1. Incubator
2. Ode to the angels embryo
3. エス
4. Raven
5. R0G0B255
6. Etude for heaven
7. Reserved death
8. Cadenza
9. Heaven
10. ex.Heaven

*スマートリンク:
https://ultravybe.lnk.to/UCGM-HEAVEN

■ Event

“Marks in Heaven”
UCGM “HEAVEN” release event

2023/10/14 (sat)
新大久保earthdom

[act]
UNCIVILIZED GIRLS MEMORY
MERZBOW
moreru
SLUG
VITO FOCCACIO
Wolf Creek

[DJ]
CHIRO

[shop]
SLAVEARTS
CUI_TUI-Ediscs&tapes

[ticket]
ADV ¥2,800 / DOOR ¥3,300

*予約:
https://tiget.net/events/263658

*物販にてUCGM『HEAVEN』CD先行販売

Author

鴉鷺
鴉鷺Aro
大阪を拠点に活動する音楽ライター/歌人/レーベル主宰者。Sleep like a pillowでの執筆や海外アーティストへのインタビューの他、遠泳音楽(=Angelic Post-Shoegaze)レーベル「Siren for Charlotte」を共同オーナーとして運営し、主宰を務める短歌同人「天蓋短歌会」、詩歌同人「偽ドキドキ文芸部」にて活動している。好きなアニメはserial experiments lain、映画監督はタル・ベーラ。